将軍様、さまさま、様々
お昼時の思いつき。
電車に乗って出かけよう。
最寄り駅まで母親が使ってたYAMAHA JOGくんのか弱いいななきが街を揺らす。母親が生きてる頃は、この音が聞こえると朝方の503号室で「おかん、今日もありがとう」とスナックのママに労いを唱え、また眠りについたりした。
その唱える習慣は今でも変わらない。
「おかん、今日もありがとう」
駅に着き改札をくぐり、慣性の法則に身を預ける。街に着くと様々な施設が顔を揃える。ここでだいたいのコトとモノが手に入る。
美味しいものも難なく食べれる。
トイレに行きたくなったって、そこらにトイレがある。紙もあるし、ウォシュレットもある。
突然、果し合いが起きることも、戦が起きることもない。焼夷弾が降ることもない。
歴史の教科書に載るどの偉人たちより良い生活を送れている。将軍様より贅沢で豊に違いない。
そんな生活をみんなが送れている。
そうあれるのも、偉人たちのおかげ、そして顔の見えない偉人たちのおかげだろう。
おかんのおかんのおかんのおかんのおかんのおかんのおかんのおかん、ずっと遡っていってありがとうと伝えたい。
言われたところでクエスチョンだろうけど。
当の本人はただ生きただけ。価値観はあれど、よりよくありたいと重ねただけ。その重ねた日々が繋がっただけ。僕らは託されただけ。
気づけば受け取っていただけ。
気づいて受け取ってみただけ。
僕も重ねるだけ。
繋げるだけ。
だけだけ、だ、け、だけだけ