日本の「いらっしゃいませ!」のように、デンマークの冬のように。
羽田からコペンハーゲンの直行便は、ほとんどの乗客がデンマーク人である。機体に乗って2時間、まだ羽田空港にいる。乗客は誰も不穏になることはなく、機長もごめんねということなく堂々としている。この余裕が、デンマークの好きなところなんだよなと思う。
友達のデンマーク人も同じ便に乗っている。彼女が日本人なので(彼女も友達)日本に遊びにきていて、たまたま同じ便だった。久しぶりにデンマーク語を聴き、話し、ウワァ〜コレコレ!!と静かにテンションがぶち上がった。
機内で「出発まで時間がないんで、頭上の棚は自分たちで閉じてくれるとうれしーでーす!ありがとサンキューまじ感謝〜!」てきなアナウンスが流れた。結局、ドリンク提供が始まるまで客室乗務員を見ないままだった。好きよ、そういうところ。日系会社ならまずそんなことはない。
数時間前に、逆に海外ならありえないことも体験している。空港内でJALのパイロット(たぶん)2人がわたしの前を通過したときのこと。わたしがちょっと道を譲る形だった。2人とも会釈をしてくれた。ぶっちゃけ泣きかけた。
海外の空港では、客室乗務員やパイロット、清掃員や警備員含め、体感みんながオレがオレがになっていて、歩いているだけで邪魔だと言われているような気持ちになることがある。それがもう、会釈なんてしてくれて、なんていい国なんだ。
無事に離陸しドリンク提供が始まった。通路を挟んで隣のデンマーク人は、ビールを2本もらっている。ビールはアサヒではなくて、デンマーク産のカールスバーグ。
わたしたちの列の番がくる。隣のデンマーク人夫婦は白ワイン2本と、ファンタとコーラをもらっている。2本頼まなきゃいけないのかと、焦りさえした。ビールを1本もらった。なんとなくだけど、2本もらえる航空会社側のシステムにも、2本頼む乗客側のマインドにも、北欧の余裕の片鱗を見ている気がした。
ノルウェー人の客室乗務員が、隣の夫妻に「日本よかった?」と聞くと、「本当にステキな場所だった。人がみんな親切だった」と答えた。思わずありがとうと半泣きでつぶやく。
お食事が始まり、隣の夫婦は「アレ?!箸はどこ?!」とジョークを言う。「滞在中の3週間、毎日お箸使ってたから、変な気分。めっちゃ上手になったんだよ」と、お箸のプレゼントをしてあげたいと思うような笑顔を見せる。
食後のコーヒータイム。当たり前のようにコーヒーを頼む。隣の夫婦に「ビールとコーヒーを飲むなんて、あなたはすっかりデンマーク人ね」と言われた。目の前の画面に反射してしっかり確認できるほど、ニヤけているわたしがいる。「3週間お箸を使うあなたも、しっかり日本人ですよ」と言いたかったけれど、2週間ぶりのデンマーク語で言い切れる自信がなくてやめた。
わたしにとって、空の旅は試練だ。いつもわからなくなる。デンマークにいくワクワクと同じくらい、なんでこんなに好きな国をわざわざ離れてるんだ?みんながステキだと絶賛する国で住める権利を、放棄しているんだ?こんなにおいしくて安いご飯、世界中探してもないのになんで?なんで、家族に「元気でね」って毎回泣かせるんだ?と矢継ぎ早に責め立てられる。葛藤という葛藤を戦わせる全国大会のような時間。
日本かデンマークか?わたしはまだ決断できない。「まだ」というかこのことにおいては、選ぶ気がない。決める気がない。いや、逆に「両方に居座る」と既に決めているのかもしれない。欲張りだと後ろ指を刺されても、「え、仕方なくない?好きなんだから!好きなものを体験するのが人生だよ!」と言える練習をしておこう。日本の「いらっしゃいませ!」のようにさわやかに、デンマークの冬のようにカラッと。