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東京サルベージ【第35回◾️美容室の蟷螂】

かれこれ20年近く同じ美容院に通っている。
その美容院には、脚本を書いた作品のプロデューサーの紹介で通いだしたのだが、当時の私は東京に住み始めたばかり・・・というのは言い訳にすぎないが、有り体にいえばマッシュルームカットの亜種のような変な髪型になっており(癖でそのようになってしまうのだ)、見るに見かねたのだろう。着席するや否や、「あのう、お任せで切らしてもらっていいですか?」といっさいの注文は聞かずに、スポーティな髪型に変貌したという経緯がある。
何で、映画のプロデューサーに美容院を紹介されたのかも謎なのだが、彼も見るに堪えなかったのかもしれない。(そんなにファッション感度の高い人には見えなかったのだが、何故だろう)

先日、美容師さんの子どもが高校生になったと聞き、それで20年近く同じ美容院に通っているのかと驚いた次第である。
20年の歳月を経て、まあすっかり気兼ねがないものだから、ここ最近は挨拶もそこそこに着席するなりスースーと寝落ちしてしまう。美容院でまどろむほど気持ちのよい眠りは知らぬ。
以前はシャンプーが始まるとうとうととしてやがてまどろむ感じであったのだが、今では着席するなりまぶたがとろんとしてきて、シャンプーのころには寝息をたて、あまつさえ散髪の間は首上下左右にノッキングをし、1時間の散髪時間のうちのほとんどを落ち着かない形で無遠慮な感じで爆睡して過ごす有り様である。
シャンプー→散髪→眉毛ととのえ→洗い流し→肩マッサージ→ドライヤー→セットという流れなのだが、散髪以外は若いスタッフがやってくれることになっている。彼女らもこころ得たもので、私に対して話しかけるのは、最初の挨拶とドライヤーが終わって目覚めたあとで、あとは「どうぞ好きに寝てください」という感じで放っておいてくれるのだ。

先日、眉毛をととのえてもらっているとき、ふと薄目をあけると、大きいカマキリのような姿カタチが目に入った。そんなバカなと思って、焦点をあわせると、ハサミを上方に向けて構えたスタッフが片膝をつくようにして私を見上げていることに気づいた。緑色に髪を染めた若いアシスタントスタッフが、私の足元からハサミを斜めに向けてカットをしていたのである。
私がカットおかまいなしに、がくっと首を垂れて下を向いて眠るものだから半ば額づくようにして立膝で切ってくれていたのだ。(流石に悪いな)と思って何事もなかったかのように顔を並行に戻すと私は再び眠りについた。

私は、ブローのあとセッティングをしてもらいながら、カマキリの技術力に驚嘆したことを店長に伝えておいた。店長は、「きっとあまりにも心地よさそうに眠ってくださっているので頭の角度を代えるのに気が引けたのでしょう」と控えめに微笑んでくれた。
世話をかけた旨を詫びると、「ピョートルさん。うちのスタッフの技術力をあなどられては困ります。」と続けてくれた。「どんな角度でも対応できるように常日頃から鍛えておりますから」

私は、はるか昔、鎌倉仏師たちもあんな風に、見上げるようにして御仏の顔にのみをあてたりしたに違いないと思い、家路についたのだった。きっと首も肩も凝りに凝ったに違いあるまい。

取材、執筆のためにつかわせていただきます。