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【無料記事】意味を支持する

 私の住んでいる街には、(ほぼ)誰も守らない信号機がある。

 繁華街のほど近く、ほんの数メートルしかない横断歩道を見守る信号機は、無視されることが常となっている。理由はもちろん車がほとんど通らないからだ。

 だから歩行者は、車道をちらちら確認しながら、またはスマートフォンを凝視しながら、あるいは進行方向をまっすぐ見ながら、信号を無視する。

 私はと言うと、毎回律儀に立ち止まっている。急ぐならその横断歩道を避けるルートを通るだけだし、赤信号一回ぶんの時間をぼんやり過ごすのは好きだ。

 ところで最近、その行為にもうひとつ理由ができた。
 信号がそこにある意味を支持する、というものだ。

 あらゆるモノは、そこに「ある」だけでは意味を持たない。
 そこに「ある」ことで生まれる意味を誰かが支持しなければ、ないのと同じだ。

 おそらくはなくても困らない信号が、本当になくても困らないモノになってしまうのを私は惜しんだ。交通事故に遭うのを未然に防いでくれる、頼れる装置としての意味を支持したいと思った。
 なので今日も、私は赤信号一回ぶんの時間をぼんやりと過ごす。 

 信号の赤色と晴れた空の青色のコントラストも、夜空にぽっかりと浮かぶ赤い灯火も、私はどちらも好きだ。


BGM
あなたが信号待ちのときに聴いている音楽


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小説家・此瀬 朔真によるよしなしごと。創作とか日常とか、派手ではないけれど嘘もない、正直な話。流行に乗ることは必要ではなく、大事なのは誠実…