下流域への正しい落とし方:自治体版④

生活保護の移管作業が終わる3日前、Aさんは依然として初診が取れないまま体調を崩していた。

その日の21時半頃、不動産会社BからAさんに一通のメールが届く。

そのメールの内容は、このようなものだった。

「私に対しての言い回しに変化があるようですね。

ご不満があるようでしたら、まだ正式な契約前なので考慮しても構いませんが如何でしょうか?」

Aさんは目を疑った。契約を考慮するという部分ではなく「まだ正式な契約前」という部分にだ。
Aさんは居住し始めて既に3週間は経過している。この間、賃貸契約がなされていないまま住んでいたという事になる。

 翌日、Aさんは不動産会社Bを居住支援法人として指定している隣接県の役所に話を聞いた。
役所からのAさんへの返事はこうだ。

「居住支援法人として指定している会社であっても、他県の物件を扱うケースにおいては法人格は適用されない。従って口を出すことが出来ない」ということだった。

Aさんの地域は、隣接している他県がある地域だった。

次にAさんのいる都道府県の庁舎に話をして聞いてみたところ「他県の不動産会社のことについて口を出すことが出来ない」とのことだった。

つまりは、Aさんはちょうど制度のエアポケットに落ち込んでしまっていたのだ。

そしてどこもそれに対応してくれる事もない。

Aさんは福祉事務所Cで、不動産会社Bとの事実のすり合わせをもうしでて、2日後にその場は用意された。

支援者がいないAさんは既に疲れ切っていたが、事実にない事を他にも数多く言っている不動産会社Bの客観的な証拠を福祉事務所Cに送っていて、事前にケースワーカーに再確認をしていた。

福祉事務所Cの一番奥の小部屋に案内され、話し合いが始まったが、その話し合いはAはんにとって信じられないものだった。

何故か契約書にAさんがサインと捺印をしていないから捺印しなさいと不動産会社Bが自信満々に持ちかけてくる。

ここはあくまで事実のすり合わせの場であり、先ず事実にない事を言うのはどういうことなのか聞かねばならない。そしてそれは公平性の観点から、ケースワーカーと課長側から問われなければならない。

しかし、福祉事務所Cのケースワーカーと課長は一向にその話をしない。

不動産会社BがAさんを暴言でまくしたてている中、福祉事務所Cは黙ったままだ。

Aさんがケースワーカーに話を振っても「それは聞いていないことになっているから」「我々に言われても困る」「Aさんのことなのだから我々は関与出来ない」

まるで話が違う。そうしているうちに不動産会社Bから「1週間後に自分の希望で住居を出ていくこと」の一筆と捺印を迫られる。

Aさんは混乱し、精神的な障害を持っていることからも、今は正常な判断ができないので休ませて欲しいと3度申し出た。

すかさずケースワーカーが「いやいやいや、あなたのことでしょう?自分の事は自分で決めないと」

なぜ促すような事を言うのか、Aさんは結局一度の休憩も認められないまま、不動産会社Bと福祉事務所Cのケースワーカーと課長にまくしたてられ、長時間の疲れも相まって結局印鑑を押さざるをえなかった。

Aさんは疲労困憊しきっていた。

なぜ不動産会社Bを看過したのか、それどころか一緒になって判断を促したのか。
それを問う精神状態にAさんはもうなかった。

それからひどくスムーズに福祉事務所Cの手続きが進む。不気味なほどに手際が良い。住居喪失で地元へと送り返す手続きのスピードが速すぎる。そして住居がないなら家賃補助分は全額引きますと言われ、最低生活費用のみ支給されて帰されたのだ。

Aさんは住居を失くした後もギリギリまでネットカフェや屋外の屋根の下で対応策を考えたが、身体、精神共に引っ越してきて一度も医療が受けられていなかった為、治療を最優先し、地元に一時帰省を申し出て、地元へ戻った。

戻ってすぐに、福祉事務所Cから1週間以内に戻って来なければ生活保護打ち切りと今月分の生活費の返還を言い渡された。

あまりにも判断が早すぎる。あたかも待っていたかのようだ。

Aさんがその後どうなっているのかを、誰も知らない。

この物語を書いている私にとっても、この先は知るところではない。


物事にはそこに至る経緯というものがある。

きっと福祉事務所Cが作成した書類は、都合の良い瞬間の結果を切り取ったような綺麗な書類が出来ている事だろう。

それは誰から見ても疑いようのない、おそらくはどこにでも通る綺麗な書類なのだろう。

 不動産会社Bのことについて黙認を貫けば、福祉事務所Cは関係性を作ることなく事が進められる。

そうして疲弊したAさんには福祉事務所として「正しい」手続きをすれば、さながら綺麗なゴミ掃除が出来る。

 
そうした事も、世の中には起こり得る可能性を提示して、警鐘を鳴らすことをもって、この物語を閉じることにする。

©心瑠華 へべれけ




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