春がくること|2020年2月24日の日記
「元気ないじゃん、気分転換にどっか連れてってあげる」と車で迎えにきてくれた。「今日はおれの奢りで」っていって笑って数時間後、着いたのはいちご狩りができる場所。はじめてのいちご狩りだった。
「どっちがいっぱい食べられるか競争ね」っていってビニールハウスのなかに入った。日差しがいっぱい、暑いくらいのビニールハウス。はちがせっせと働いている。
「どうやって摘むの?」って聞きながら、「どういうのがおいしいの?」「やっぱり赤くて大きすぎないやつじゃない?」って話しながら、口に運ぶと果汁がいっぱいでおいしくてびっくりして「わあおいしい!」ってちょっと叫んじゃった。それを見て笑うから、笑っちゃった。
「このみ、こっち」って手招きされて、違う列に行くとまた違う種類のいちご。ほんとにおいしかったな。
「中間発表しようぜ」といって、それぞれのカップに入ったヘタを、ヘタ入れに放りながら玉入れみたいに数える。わたしは27個。「ちょ! にこにこしておいて、おれより7個も多く食べてんのかよ。嘘だろ。もう苦しいんだけど」「だってわたしほんとにいちご好きだし」
最後は37個と41個で負けた。
ビニールハウスを出て、お腹いっぱいだねって日向ぼっこ。ふたりともいちごの汁で指先が赤くて笑う。
「よし、次は温泉行くぞ!」と車に戻る。
温泉に向かう途中、素敵な橋があったので一旦車を止めて渡る。あったかくてコートはいらなかった。川がきらきらしてた。
温泉は木でできたきれいな建物で、「好きな時間まで入っていいよ、おれ早く出たら仕事してるから。むしろ仕事してるからゆっくり入ってきて」と背中をポンと押される。
木の廊下を歩いて離れへ。
服を脱いで戸を開けたら、春の野山が見える露天風呂!
やさしい緑と菜の花の黄色、梅の薄桃に青空。なんてすてきなお風呂なんだろう。
透明なお湯に浸かって、自分の体に手を当てる。太もも、お腹、肩。昨日の暴力の跡はあるけれど、白くてなめらかできれいだなと思う。
大げさだけど、悲しいことがあってもちゃんと春が来るんだなあと思ってしまった。この季節が冬に向かう季節じゃなくて、春に向かう季節で、本当に救われたな。
温泉から出て、お座敷で合流したあと、外に出ると、ホーホケキョの声がした。
「今日はありがとう」って背伸びして首に手を回したら、肩越しに河津桜が見えた。
日が落ちる山道を車で走った。夕焼けがきれい。
途中、誰もいない定食屋さんに入って、お刺身の定食を食べて、サービスエリアに寄って、帰ってきた。車ではいつも嵐とかコブクロが流れていた。誰でも知っているような、わたしだったらまずかけない音楽。わたしにとっては思い出がなく、感傷的になることのない音楽。ジャニーズの歌が流れると、彼はまっすぐな声で口ずさむのだった。
彼は好きな人にはシンプルに「元気でいてほしいな、元気がないと心配だな」と思うようで、そういうところもまっすぐで健康的で尊いなと思う。「このみが笑ってくれてほっとしたよ」っていうから、わたしのことも同じように大事に思ってくれているのが伝わった。
20代で何千万かわかんないけど稼いでて仕事できる人なのに、なんでこんなにすれてなくてまっすぐなんだろう。
あたりまえのようにすぐ電話かけて何でも手配してくれて、大げさに喜ぶことも期待してこない。
今日わたしは、車の窓を開けて手を伸ばして風を感じてみたり、いちごを存分に味わったり、温泉でのんびりしたりするだけでよかった。
おうちに帰ったら、もうお風呂も入り終わっているから眠るだけで、日記を書いてる途中に眠たくなって寝ちゃった。久しぶりにすぐ眠れた。夜中起きなかった。あーあ、こんなふうにしてもらえるなんて、完全にラッキーだったな。
体と魂がバラバラになりそうなとき、時々こういうイベントが起きて、よしもとばななの小説みたいだなと思う。悲しいことが起きたあとの、再生。もうすぐ春がくる。