王道の幸せを選んだ、はずなのに
王道の幸せを選べたと思ってた。みんなに「いいなー」って思われるようなやつ。
高学歴でそこそこ背が高くて、年収1000万円の人と結婚した。だけじゃない。わたしは、彼のすべてが好きだと言い切れた。
同僚に「(旦那さんの)嫌なところってないの?」と聞かれた。「ない」と即答できた。うれしかった、ひとつも欠点のない選択をできたことが。
そういう選択をして、笑顔でいることこそが王道だと思っていた。
ベッドの上で話すのが一番好きだった。抱き合ったまま何時間も話した。話しても話しても、話すことが尽きなくて、時々大笑いしたり泣いたりしながら話し続けた。セックスをしたり眠ったりもよくした。なにもなくても、お互いがいれば満たされていた。
朝目が覚めて、お互いがいるのがうれしくて、「いるね」と笑って確認し合った。どちらかが出かけると、帰ってくるなり飛びついて喜んだ。数えてないけど、1日30回くらいは好きだと言い合っていたように思う。
困ったときはできる限りのことをして助け合った。お互いが元気でにこにこでいられるように尽くした。それが愛だと思っていた。
完璧な選択をしたと思っていた。あの日までは。
彼が、こっそりわたしのスープに毒を入れていた。わたしが体調を悪くしているのを見て、ものすごく過保護にしてくれた、けどあれは嘘だったんだなあ。
彼がふつうの人、とは違う趣向をもっていることは知っていたはずだけど、あんなに毎日やさしかったから、すぐに信じられなかった。
2週間くらいかけて、やっと悲しくなってきた。「平気な顔で嘘つくんだな」とか「やさしくしてくれたのも全部嘘だったんだな」とか「わたしがつらそうなのを見てもなお、やめられなかったんだな」とか。一日中そのことが頭の9割を占めて、仕事や生活の効率もガクッと落ちた。今までの大切な時間が砂みたいに崩れて指の間から落ちていく感じがした。
彼は心の病気なだけで、「好き」の気持ちに嘘はなかったと、頭でわかっても無理やり毒を飲んだ体と心が苦しく、納得できなかった。
そのあとから、変わってしまった。今まで「彼の役に立つならうれしい」と喜んで引き受けていた面倒は、ただの面倒になった。なんで、わたしを傷つける人にやさしくしなくちゃいけないんだろう? 許せなくて、喧嘩してしまうことが増えた。
彼のしてくれることはiPhoneのメモ帳にいちいち記録してしまうほど尊く思っていたのに、今ではなんとも思わなくなってしまった。
一番かなしいのは、彼に「好き」と言われて「好き」と返せなくなったこと。しびれを切らして「ねえ、好き?」と聞かれて、「好き」と言うときに嘘をついているような感覚になること。そんなにすぐに、好きは戻らないよ。
王道の幸せを選んだとしても、あとで間違ったと思うことなんていくらでもあるのだ。
それでも、彼と居続けているのは、一見王道に見えるからなのかもしれない。彼の"スペック"は変わらないから。何も言わなければ、幸せな結婚のままだから。本当にそうかな。
「離婚」というのが嫌だからかもしれない。「離婚しました」なんて言ったら、不幸でかわいそうだねと思われそうだから。耐えられない。わたしは、もっと童話のなかの主人公みたいな気持ちで結婚したのに。ただ好きでずっと一緒にいたいと思って結婚しただけなのに。
「離婚」という言葉を口にするのすら不思議だし、嫌だ。離婚という言葉が、自分の近くに寄ってくるようで。「離婚」なんて、自分の人生に出てこないと思ってた。
ずっと楽しみにしていた軽井沢旅行は、思ったよりあっさり終わった。親族の結婚式、冬の軽井沢、クリスマスツリーにキャンドル、満点の星空、針葉樹の森。クリスマスらしさをぎゅっと詰め込んだシチュエーションで、尊く、一生忘れないような思い出になるはずだったのに。かなしい。なにもかもが好きだった頃を思い出すのには、彼を好きな気持ちがきっと最も大切な要素だったのだ。
でも、ふたりだけしか起きていないような夜中に星のやに到着して、お部屋で遊んだあと、作務衣に着替えて、温泉まで真っ暗な道をくっついてランタン持って歩いて。木の間からは満点の星空が見えて、夜はどうしたってうきうきしちゃったけどね…。
結婚式については、気持ちがこうだったせいか、神前での誓いなど無意味に感じ、今まで特に信仰していないはずキリスト教の式なのもよくわからないなと思ってしまい、やっぱり全然やりたくならなかった。(他人がやるぶんには何も思わない)(自分ならの話)
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イルミネーションなんて全然興味ない彼が「わあ!」とちょっと興奮していた。旅行嫌いだったはずなのに、帰ってきてすぐ「次は一緒に沖縄に行きたいな」「あとはスコットランドとパリと…」なんて言い出した。楽しかったんだって。かわいいね。これが1ヶ月前なら泣くほど尊く感じただろうな、と思うともったいなくて仕方ないよ。
はじめて会った4月のある夜、わたしは100%の女の子の話をした。彼は「100%の女の子なんていないよ」と言った。
わたしにとって彼は100%の男の子だった。でも、一度欠けてしまったらもう、そこからどんどん悪くなってしまうみたい。かなしくてやりきれない。100%の男の子なんて、あんまりいない。
尊いと思えなくなったら終わりにする、と昔日記に書いた。でも、まだちっちゃいろうそくの火みたいに、彼のことが好きだ。守って守って、まえみたいにあかるくてあったかい、大きな灯になるといいんだけど。
そう思って、まだ一緒にいる。話しててあんなに楽しかったのは、嘘じゃないと思ってる。一緒にいる一番の理由はやっぱりそれなのだ。
これを読んでいるかもしれない。お別れしようって言わないで。
クリスマスの準備をしているのは、これからも一緒にいようと思っているからだよ。一緒にいようと思っているのは、今日まで一緒にいた時間があるからだよ。一緒にいて、こんなにたくさんのふたりだけの言葉や思い出ができる人を、わたしは知らない。すでにどうしても、かけがえのない人。王道じゃなかったとしても。
毎日わたしは彼といる日を選び続けて思っている。
今日も一緒にいられてよかった。だって、今日もすごく楽しかった。
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(前回の話)
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