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SNS 恋愛小説/MAYBE〜糸電話~ 第5話
《果鈴さんの押し》
「はい、配送業のバイトをほんの少しだけ」
あ、それでなのね、よかった!
と、安心したところで、果鈴さんに頼まれていたちょっとオシャレな薄い板チョコを取り出したわたしは、
「これ、事務部で配られたものなんだけど、余っちゃってるから、よかったらどうぞ」
と、常盤君の前に差し出した。
その時やっと真正面から彼を見た。
背が高い。細身で色白な肌、黒く艶のある前髪は目の辺りまでのびて今どきの青年らしい。けど、雰囲気は穏やかで全然垢抜けてない。薄いグレーの作業着の胸ポケットにはメモ帳と細いボールペン、すごくおとなしいし普通のこの年代の男子より真面目な印象だ。
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常盤君は、チョコレートの袋をさっと見て、一瞬止まった。
なんだろ?もらい物とか食べれないタイプ?
「あ、ほら、今日ってバレンタインデーでしょ?それで、全員に配られる習慣があるみたいなの。わたしも今日初めて知ったんだけど…笑。オヤツみたいなものだよ」
あんまりすすめても良くないかも…?
すると彼は申し訳なさそうに、目をパチパチさせた。長い睫毛。
「あの、俺チョコレート食べれなくて…、すみません。」
あ、そうなんだ!じゃ、無理だね。
「じゃあ、わたし全部もらっちゃうね笑。」
常盤君は、少し気まずそうにペコッと小さく頭を下げた。
うん、いい子だな。
「常盤君は、何か目標があってバイト始めたの?」
聞かなくていいことだったかも。でも、果鈴さん早く来ないかな…とか思いながら、雑談でもしとかなきゃ。
すると彼は、ぼんやり伏し目がちだった目をぱっと開いてこっちを振り向いた。
「動物が好きで、 …あ…、好きな子も、そうなんですけど…。それで、仔犬を飼いたいんです。」
そう話す常盤君は、無表情だった頬をわずかに上げて、わたしを通り越して何かを見つめるようにふんわり微笑んだ。
へぇ、なんだか意外。ていうか、すごいなそれ、好き度が。
そんなことまでするもの?
しかも、そんなプライベートなこと聞いてしまったのか。答えてくれるとは驚き!
「その子の心を、可愛いワンちゃんで更につかんじゃう?」
わたしはちょっとからかうようにニヤッと彼の目を覗き込んだ。
常盤君は、さっと口元を手でおさえて、また顔を真っ赤にした。
「あ、はあ…。そ、そういう事に、なりますね。ちょっと、姑息かな、そんなつもりじゃなかったんですけど。」
あははっ、かわいいな!
「そんなことないよぉ!すごいじゃん、そこまで彼女のこと想ってるなんて、ちょっと感動した。」
彼は、そう言うわたしに少し安心してくれたみたいだった。
そんなに想われてみたいよねえ。いい話聞かせてもらいました。
ところが常盤君、
「…まだ、付き合ってるとかでは、ないんですけどね」と。
えっ!?
わたしは作業台の上を小さな台拭きで拭きながら固まった。
彼女でもない女の子の為にそこまで…本当にワンちゃんでその子の気を引こうとしてるの!?しかもその為にバイトするの!?するんだ!!?
わたしは、驚きチョコの上に溶けた驚きチョコを重ねがけされたような、極めて甘〜く強い驚きショッコラ、ではなく驚きとショックを受けた。
なんだろう、こういうのって何ていうの?真面目?それとも…
どちらにしても、職場の社交辞令チョコすら受け取らないのってつまりそういうこと…?…かどうか、わからないけど。
「そうなんだ?じゃあ、頑張らなきゃね!!」
わたしは、なるべく軽く明るく返せたと思う。すると、常盤君は
「あの、言わないでくださいね、他の人に…。俺ちょっと、こんなこと…」言うつもりじゃなかった、みたいに目をさまよわせている。
そうだよね、気軽に聞いちゃってごめん。
「大丈夫だよ、とっても大切な目標だもんね!もちろん内緒にしとく。」
わたしが眉を上げてポンッと自分の胸を叩くと、彼はほっとしたようにじっとこっちを見つめて、ニッコリと微笑んだ。
「頑張ります。」
ちょうどその時、階段を足早に降りてくる音が響いた。
果鈴さんだ。
「ごめんごめん、遅くなって!部長がしっかり教えろとか、話長くてね。キッチリ教えときますなんて言っちゃったけど」
「お疲れ様でした、ちょうどさっき、彼に一通り説明して覚えてもらったとこです。常盤君、配送業の仕事も経験あるみたいで、梱包・出荷、完璧ですよ。」
わたしは、遠慮して「いいえ、そんなことないです…」という常盤君を見ながら、いい人が入ってきてくれてよかったと思った。
「ねえシズ、あれ渡してくれた?」
そうそう、果鈴さんは抜け目ない人。しっかりお裾分けが届いたか確認してくる。
わたしはさっと緊張の色を見せた常盤君の目から、果鈴さんの視線を逸らすように笑顔に力を込めた。
「万事OKです!」
果鈴さんは、わたしの反応を意外だというように一瞬見つめてから、常盤君とかわるがわるチラチラと眺め、
「なに、2人、やけに仲良くなってるじゃない。怪しぃ…笑」
これは果鈴さんの通常モード(ただのからかい)だ。
でもきっと、わたしがリアル男子と仲良くしてる方が安心できたのだと思う。機嫌良さそうにそれ以上つっこまなかった。
常盤君の方はというと、両手を顔の前で大きくフリフリそうじゃないと必死に意思表示。
大否定する?そこ笑
その後、わたしと果鈴さんは事務所に戻り部長に報告。
なんだかいい雰囲気で仕事を終えることができて、帰り支度を始める。
そこへ、果鈴さんがゆるやかに内巻きの髪を揺らし、ニッコリ顔で忍び寄る。
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「彼、恋人候補にどうなの?本当にいい感じだったじゃない。シズにしては、すごく良い顔してたけど?」
あーー、そうなっちゃうか…。彼がチョコ受け取らなかったのを、フォローしただけなんだけどな。たしかに驚きの秘密も聞いてしまったし、いい子だと思うけど。かなり入れ込んでいる想い人がいるなんて話をするわけにもいかない…。約束したからね。
「ん~~、ちょっとどうかな…。わたし、年下とかあんまり…。それに、無口すぎるし、そんなにタイプでは…ないです」
ただの言い訳 = 嘘だけど。期待して見られちゃうのは困る。
それでも果鈴さんは、
「そんなこと言って、タイプなんてあてにならないものよ?あの子、結構 真面目で誠実そうに見えたけど。」
さすが果鈴さん。アンテナ鋭い、あの話も聞いてなかったのに、受信できるものが深い。
「それに彼、シズのこと気に入ったみたい。」
えっと、それは…どうかな?秘密を知られてるから近しい雰囲気で、好意を出してるように見えたのでは?
「あんなに否定しないよ、冗談にたいして。」
いや、なんか…そういう人ですよ?彼。
「えぇ?わたしは、違うと思いますよぉ」
だって、バイトの目的が……だから。
その後、着替えて帰宅。
オレンジジュースとえびせんを取り出しながら考える。
MAYBE、何にも入れないの、さすがに少し変に思われるかな?
ビィ友への返信皆無で、自己ビートすらストップだと何かあったと思われるかもね。
何かあったから、なんだけどね。
でも、それにしたって今度はK氏が気にしちゃうよね。
というわけで、えいっとMAYBEをひらくと
数秒前に入った飴玉のビートが、目に飛び込んできた。
【ビート】
飴玉
「お父さんの出張先、愛人宅だった。もうなにも信じられない」やば。わたしは、1つ目のえびせんを口の中に押し込んで急いで飴玉宛てへDMのマークをタップした。
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【DM】飴玉へ
まあ
「どういうこと?なんで分かったの?」
飴玉
「まあ、聞いてよ!学校帰りお父さんを見つけたの。知らないフリして帰ろうと思って見てたら、そこに女の人がきて。2人で歩いてったから、後をつけたの。そしたら、バスに乗って移動して、……知らないマンションに入ってった」
まあ
「職場の人とか、お客さんとか…可能性は?」
飴玉
「お父さん、3連休だよ?」