言葉を、紙の本にのせて。
故郷の記憶、祖父母が教えてくれた昔話、結婚した日の光景、子どもが生まれた日のこと...…。
今は鮮明に覚えていても、日々を過ごす中で淡く薄れていってしまう。そんな記憶を、言葉にして大切に残し続けたいという願いから、私たち『このひより』の活動は始まりました。
前回の記事では、“インタビューギフト”の実現に向けて一進一退の、私たちのリアルな姿をお届けしました。(サービスをつくるって大変...…)
今回は、私たちの本の形が決まるまでのお話をします。
(執筆/染谷楓)
どんな本をつくろう?
『このひより』で考えているのは、インタビューギフトを贈る人(贈り手)、インタビューギフトを受け取って語る人(語り手)、聞いた話を本にする私たち(聞き手)の三者でつくる本づくり。
3人で集まったインタビューの日が、最終的に形となるのは一冊の“本”。だからこそ、私たちがインタビューの体験と同じくらいこだわりたいと考えているのが、“どんな本で残すのか”というところです。
——さて、どんな本にする?
できたばかりの大切な原稿を片手に、実際のページを想像しながらレイアウトを組んでいきます。「書体は?」「小見出しのフォントも、ゴシックより明朝かなあ」「表紙のデザインどうする?」……以前は出版社にいた佐々木を中心に、手持ちの本を見比べながら、私たちの本づくりが始まりました。
正解もゴールもない本づくり。紙や余白ひとつとっても印象が大きく変わることを実感しつつ、細かな部分までまったく手が抜けません。
どうすれば、届いたときに感動するか。どんな本なら、何度も読み返したくなるか。次の世代にまで残したくなるような本は、どんな本だろうか……。
「いつまでも手元に置ける一冊にしたい」という願いがあるからこそ、『このひより』にとってのベストが決めきれず、私たちは悩み始めていました。
後押しされた、「1人のために」本をつくる意味
進んでは戻りを繰り返す制作の中で、プロジェクトの行き先を示してくれたのは、私がメンバーにふと勧めた一冊の本でした。そのタイトルは『本を贈る』(三輪舎/2018年)。
編集者や書店員など、本づくりに関わる10人のエッセイで、帯にはこう書いてあります。
大切な人が困っている時
金銭を送る
だが 私たちは
言葉を贈ることもできる
(若松英輔「眠れる一冊の本」)
「言葉を贈る」。
『このひより』で何度か口にしていた言葉が帯にあり、引き寄せられるように私は読みすすめました。
本づくりに関わる10人のエッセイの中に、長野県松本市にある印刷会社・藤原印刷株式会社の藤原隆充さんのページがありました。
同社が掲げているモットーは「心刷」。Webサイトのトップには「一文字一文字に心をこめ一冊一冊を大切にしながら本をつくる」と力強く記されており、刷ることへの熱い思いを感じる会社です。
藤原さんは『本を贈る』の中で、「本づくりは作品づくり」と記した上で、こんなことを語っています。
「伝達」にはふたつの軸があります。より多くの人にリーチする「普及度」と、対象者に響く「深度」です。これまで印刷は前者の普及度を価値としていましたが、時代の変化により、いまではむしろ後者の「深度」が価値になるという実感があります。(p135-136)
『このひより』が目指していたのは、まさに「深度」を大切にした本づくり。目の前の1人のために作品を作り、まっすぐに言葉を届けたい。
藤原さんの言葉に、私たちの“誰かのための小さな本づくり”を、優しく肯定してもらえたような気がしました。
背中を押されるように、その後も私たちは本づくりのベストを探しました。日中のミーティングとは別に、家事や仕事が終わり子どもが寝た後、パソコンの前に集まって……。
「買ったよ」と『本を贈る』を画面越しに見せ合い、お酒片手にページをめくり、それぞれ好きな言葉を読みました。この時ばかりは、予算や利益のことよりも、明け方まで『このひより』で届けたい価値について語り明かしました。
本をつくるのは大変です。けれど、それでも楽しめるのはまさに「本づくりは作品づくり」だからだと感じます。選んだ便箋に言葉をのせ手紙を贈るように、本を手にとってくれる人の顔を想像しながら、私たちは“世界でたった一つの作品”をつくっていこうと決めました。
動き出した一歩
さらに、『本を贈る』がきっかけとなり、『このひより』に思わぬ出会いが生まれます。
きっかけは、メンバーの佐々木が藤原印刷への愛(笑)をSNSで呟いたこと。すると、なんと藤原印刷さんから返信が!
「『このひより』のこと、相談してみる…...?」
まだサービスにもなっていない、ごく少数発注の私たちの本。出版物を扱う印刷会社であれば、やはり数千部単位のお仕事が中心のはずです。相談をするのも迷惑かもしれない。
でも、手掛けたいのは人生の大切な記憶が詰まった本。もしお願いができるなら、想いに共感できる藤原印刷さんに頼みたい…...。
すでにいくつかオンデマンド印刷のサービスを試してみたものの、正直ピンとくる出会いがなかった私たち。思い切って相談してみると、なんと藤原さんご本人から返信をいただき、お話ができることになったんです!(思わぬ嬉しい事態に、このひよりチームはお祭り状態。)
お話してみると、藤原さんは『このひより』のコンセプトに共感してくださり、「もし僕が本を作るとしたらですね……」と"職人による手製本"という、今までには無かったアイディアを出してくれました。
職人さんによる手製本——。頭をよぎったことはあるものの、いつの間にか諦めていた製本技術に胸が高まりました。
「作る人が、こんなふうに作りたい!と心から思えることが、めっちゃ大事です」
藤原さんはそう声をかけてくださり、私たちの願いを一緒に叶えてくれることになりました。
紙が決まり、デザインが決まり、そして本の形が決まります。
心強いパートナーと出会えたことで「これで本当に、本が届けられる」と感動した出来事でした。
名入りの本と、時を重ねる
私たちが本に込める願いは、シンプルに1つ。手にした方が本と一緒に時を重ねていけること。
そのため装丁はシンプルに、表紙には丈夫なハードカバーを選びました。本の大きさは、B6サイズ。ふわりと軽く、あなたの人生に寄り添います。
表紙にはタイトルと語り手の名前を。タイトルは、お話をもとに私たちが思いを込めて考えます。
職人さんが綴じた手製本。私たちと贈り手と語り手の三者と、さらに藤原印刷さんで作る、世界で一冊の作品です。みなさんと一緒に大切な本をつくれる日を、私たちは楽しみにしています。
本棚に、自分の名前が書かれた一冊が並ぶ。
そのとき、どんな気持ちになるでしょう。
ひとり静かにページをめくる日もあれば、家族で本を囲み、思い出話に花が咲く日もあるかもしれません。本棚に並ぶ家族の名前が書かれた本を、いつか大きくなった子どもが手に取る日が来るかもしれません。
生きてきた証が、確かに詰まった一冊。それはきっと、忘れられない素敵な贈り物になると信じています。
戻らないその時の記憶を、言葉にし、「紙の本」に残すこと。『このひより』を通して、みなさんと一緒にその素晴らしさを感じていけたらと思います。
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