象潟&三種への道⑪
入道崎灯台は男鹿半島の北端にある。
芝生に覆われた公園のような場所に、白と黒のしましまの灯台が映える。
ただ、時間帯の問題か、人影はほとんどない。海鮮を売りにしたお店も並んでいるが、みんな閉まっているため、全体にかなり寂しい雰囲気だ。店自体も寂れた感じで、昭和の観光地、というのがぴったりくる。海の目の前とはいえ、ここで本当に鮮度の良い海鮮が食べられるのかどうかは甚だ疑問だ。
近くにオブジェがあるのを見つけたので近づいてみると、北緯40度を示すものだった。目の前に広がる日本海を眺めつつ、その先にあるはずの朝鮮半島に思いを馳せてみるが、早々に想像力の限界を感じて諦める。
楽しい旅行の最中に厳しい現実に向き合うのは困難だ。
一回りして車に戻る。ここからは一路秋田市内のホテルを目指す。
今夜の宿は「ダイワロイネットホテル秋田」だ。
秋田駅からは少し離れるが、竿灯まつりが行われる通りに面しており、秋田市内では中心部に位置している。駐車場に車を預けて、チェックイン。
部屋で一息ついてから、荷物を整理して、今夜の食事場所に向かう。
今夜のメニューは秋田名物「きりたんぽ」だ。
夕食については事前に予約をしておいた。その名も「秋田きりたんぽ屋駅前本店」。
千秋公園の蓮を眺めつつ、駅前まで約20分ほど歩く。お店はすぐに見つかった。民家風の造りの店内では、囲炉裏できりたんぽが焼かれている。T先生いわく、お米だけで作ったきりたんぽは美味しいけれど、秋田県内でも混ざりものの入ったきりたんぽが出回っていて、それは美味しくないそうだ。
このお店を選んだ理由は「店名で謳っているくらいだからきっと大丈夫だろう」というものだった。このお店では、きりたんぽ鍋を頼むと、店員さんがきりたんぽの由来にまつわる紙芝居をやってくれる。我々にもアルバイトと思しき若い女性が紙芝居を見せてくれた。秋田弁で語られるそのストーリーはこんな感じだ。
あるとき、秋田の山中で木こりたちが昼食を食べていた。木の枝にご飯を巻き付けたものを炙って鍋に入れて食べていたところ、近くを通りかかった藩主がそのおいしそうなにおいにつられてやってきた。藩主に「それはなんという食べ物か」と問われた木こりたちは、特に名前の決まっていない食べ物だったためうろたえつつも、とっさにその形状が槍の稽古に使う短穂槍の形に似ていることから「たんぽです」と答えたいう。以来、この料理は「きりたんぽ」として広まった、めでたしめでたし。
…こんな話を聞いている間も店内にはひっきりなしに「秋田音頭」が掛かっている。「木こりはそんなに機転の利いた対応ができるものだろうか」「藩主はそんなに気さくに木こりに話しかけたりするのか」などという雑念も、秋田音頭の甲高い女性の歌声の前には用をなさない。この曲が流れている限り、あまりネガティブなことは考えられない気がする。
♪ハイ キタカサッサー コイサッサー♪というわけで、ごぼうとセリと鶏肉という秋田の香りの溶け込んだきりたんぽ鍋をT先生と2人、ひたすら食べる。〆は雑炊にしてもらったが、これがまた美味しかった。でもよく考えたらきりたんぽも元はご飯だったわけで、それはお腹が膨れるわけだ。
「お腹が重い…」と言いながら、店を出る。時計を見ると22時を過ぎている。昨夜新宿を出発してから移動し続け、そろそろ疲労もピークということもあり、帰りはタクシーを使うことにする。
駅前のタクシー乗り場へ移動する間、ほとんど人を見かけなかったため、乗り場にタクシーがいたことのほうが奇跡のように思えた。
各自部屋に戻り、就寝。ベッドに入り、横になって眠れることの喜びを噛みしめていたのもつかの間、あっという間に深い眠りに落ちていた。
2019年7月29日(月)
朝8時、T先生おすすめの秋田ローカル喫茶店第2弾、ナガハマコーヒー御野場店へ出発。ホテルからは15分ほどのところにある。
8時オープンだと思っていたら、なんとそれは土日祝日だけで、平日は9時からだと着いてから気付く。仕方なく、駐車場で開店を待ち、入店。店内は広々しており、窓も大きいので明るい。席もゆったりしていて、お店の方の丁寧な対応も気持ちよい。
「喫茶店はこうあるべきだよね」と言いながらメニューを眺める。さんざん悩んだ挙句、T先生は、モーニングセットA(ドリンク、スクランブルエッグ、クロワッサン、サラダとハム)、 私は「エッグベネディクト・シングル」のセットを注文した。
朝食べるとろとろの卵は心底幸せな味がする。パンもソースも基本通りの美味しさで、オレンジのオリジナルマグカップに注がれたフレンチプレスのコーヒーも爽やかだ。
勢いに乗って、気になっていたメロンのショートケーキも追加する。「 秋田がメロンの名産地だと知った以上食べないわけにはいかない」というやや強引な動機を盾に頼んだが、食べてみたらケーキとしての完成度が高く、スポンジもクリームも軽やかで、メロンに集中することなくペロッと食べてしまった。「秋田県内には何店舗かあるけど、東京にも作ってほしい」というT先生の言葉に赤べこのように頷く。なんなら近所に作ってほしいものだ。
すっかり満足してお店を後にし、本日の目的地、象潟を目指すことにする。県南へ約70kmの大移動だ。日本海東北自動車道をひた走る。途中、事故車の撤去作業で道が封鎖されていたため、一時的に下道を走りながら、とにかく南へ向かう。