お巡りさんを呼ぶよ
夜、自宅に警察官が何人か訪ねて来たことがある。やはりわたしが何かで言うことをきかなかったから、母が「お巡りさんを呼ぶよ!」と言ったのである。「先生に言うよ!」「お巡りさんを呼ぶよ!」というのは当時よく聞いた言い回しだった。わたしは口答えもせず(するとひどくひっぱたかれるから)黙ってべそをかいていたら、母は本当に警察に電話をかけてしまった。
まさか「こどもが言うことを聞かないんです」とは言わなかっただろう。不審者が来た、といった内容の通報をしたのではなかったか。警察官が到着した時、母がどう説明したのか、やりとりは覚えていない。パトカーのサイレンも覚えていない。びっくりして解離していたのかもしれない。
警察官たちが玄関先を去ってから、母は通りに面した窓のカーテンを開けて、わたしに外を見ろと言った。数人の警察官の後ろ姿が見えた。母は
「見てごらん、悪いことをしたら、ああやってお巡りさんが来るんやからねッ」と怖ろしい顔をしてわたしをにらみつけた。
これを躾と言っていいのだろうか。
そもそも母は警察に対して虚偽の通報をしているではないか。
幼心に、お巡りさんが怖いから母の言うことを聞こうとは思わなかった。ただ、母は怒ると何をするかわからない人だなということは身にしみてわかった。
このできごとについて、父に話したことはない。父が不在の夜のできごとだった。そういえば、母からの体罰に歯止めがかからないのはいつも父のいない夜だった。
母の強烈な躾を前世のできごとのように振り返る時、ふと、母はわたしが怖ろしかったのではないかと思うことがある。わたしは自分は無力で弱虫で、ひとりでは何もできないくせに親の言うことを聞かない悪いこどもだと(そう言い聞かされてきたから)思い込んでいたけれど、実は母の眼には、怒鳴っても叩いても泣かしてもへこたれない、不気味なこどもに映っていたのかもしれない。
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