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明治女に学ぶ美しい人生のたしなみ*第四回 真に勇気ある人は心にいつも春風が吹いている

下田歌子
安政元(1854)年、岩村藩士の娘として生まれる。祖父・父ともに学者。明治5年より女官。退官後は華族女学校学監、同校在籍のまま英国に二年滞在し欧米の女子教育を視察。帰国後は内親王の教育係を務める一方、実践女学校・女子工芸学校を設立。女子教育の先駆者として生涯を捧げた。昭和11年没、享年83歳。

進むも勇気、退くもまた勇気

 下田歌子は教育者であると同時に私学を運営する女性事業家でもありました。まさに現代女性のパイオニア的存在といえますが、それだけに風当たりも強く、その生涯は波乱に次ぐ波乱、何事にも屈しない勇気がなければ、とうてい乗り越えることはできなかったでしょう。今回は、そんな歌子の勇敢さ、真の勇気が何に裏付けられていたのかに迫ってみたいと思います。

 ともあれ、まずは歌子という名前についてお話しいたしましょう。

歌子は十八歳で女官として宮中にあがりました。その際、明治皇后から「歌子」の名を賜ったのです。三歳で和歌を、七歳で漢詩を詠むほど能力に長けていた歌子は、宮中行事で詠んだ歌も卓越していていました。それはたとえば、次のような歌です。

 手枕(たまくら)は花の吹雪にうずもれてうたたね寒し春の夜の月

 典雅そのものです。一方で故郷をあとにする時には、次の歌を詠んでいます。

 綾錦きてかえらずば三国山またふたたびは越えじとぞ思ふ

 若々しい決意があふれんばかりに感じられます。数々の困難に立ち向かえたのも、この決心が土台にあったためでしょう。

 歌子は「勇気は精神の骨」と表現し、それは「簡単には折れたりしない、しっかりした意志」であると述べています。さらには、勇気とは人の道に従うものならば進み、そうでないのなら退くものでなければならず、要は道に対する強き決心だと教えています。

進む方は積極的な動きです。社会に立って事業を成そうとする以上は、進取・積極的な勇気がなくては到底十分な成功を成し得るものではありません。一方、退いて守るというのは忍耐です。守るというと少し消極的な言い方に聞こえるかも知れませんが、事業をなし行う上では思わぬ障害が起きたり困難が起こったりする。それをよく忍びよく耐えてこそ、初めて成功するのです。

『香雪叢書』第四巻 著者意訳

家庭の波風も勇気なきところから起きる

 これは事業に限られたことではないでしょう。家庭や職場についても同じ事がいえるはずです。むしろ些細なことほど、小さな勇気をもって行動することが大切なのではないでしょうか。実は歌子自身も次のように述べています。

 勇気は一大事が起こった時に初めて必要なものではありません。すべての人が、すべての時において持たねばならない徳であり、家庭の波風も事業の失敗も、またすべての誘惑も何もかも、真の勇気のないところから起こってくるのです。(同)

 ささやかな勇気ある行動の連続は、その都度、ちょっとした気の緩みや甘えを乗り越えることに繋がるのでしょう。小さくても、何度も自分に打ち克つことは、確かにいざというときの力になるに違いありません。


蚊に刺されたほどにも感じない

 社会的な地位と名声を得た人が何かとメディアに取り上げられるのは今も昔も同じです。歌子は『妖婦歌子』などという新聞連載で、名誉毀損としかいいようのないゴシップを書き立てられたこともありました。
 これは歌子が運営する女学校の名誉にも関わる問題です。周囲は歌子の精神状態をも深く案じました。
 ところが歌子は心配の言葉をかけられると次のように答えたのです。

「蚊に刺されたほどにも感じないわ」

 慌てず騒がず知らんふりを決め込んで、何事にも動じない胆力を見せつけたということでしょう。歌子は真の勇気が顕れた時の様子を、実に美しく表現しています。

 我自ら道を守ってやましいところがなければ、百万の敵に対してもにっこりと微笑んでいることができます。いかばかり美しく、いかばかり華々しく、いかばかり勇ましいでしょう。(同)

ゆりかごを揺らす手が世界を動かす

 歌子には「過渡期を担う女性を一人でも多く排出したい」という志がありました。

その大望は社会の心ない評判を遙かに凌駕するものだったのでしょう。すでに明治末期の時点で「男性の職場」にも女性が進出することを予見していた歌子は、家庭と育児と仕事とを一手に引き受けながら自らも幸福に生きていくために、「女性が真に賢くならなければならない」と訴え続けました。以下は歌子の名言の一つです。

「ゆりかごを揺らす手が世界を動かすのです」

 家庭も社会も男女が互いの特性を認め合い補い合うことによって発展する。その鍵を握るのは、むしろ女性の側である。

 勇気を支えたのは、決心とともに揺るぎない女性としての自信だったのかもしれません。

(初出 月刊『清流』2019年4月号 ※加筆2022年8月25日)
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