一切経山
早朝に出発して2時間、高速道路を降りてからしばらく続く曇天、そしていよいよ登山口が近づくにつれてその量を増す雨に、登山をするには少し不安な空気が流れてきました。
高湯温泉を過ぎ、曲がりくねる山道を登りながら、私たちは時折視界を遮る霧に一喜一憂しながら山をさかのぼりました。
吾妻連峰は吾妻山、一切経山、西吾妻山などから成り、古くから山岳信仰の対象とされ、この周辺には、修験道にちなむ地名が、数多く残されています。一説には弘法大師が、この山中に一切経(仏教聖典を総集したもの)を埋めたことが、その名前の由来とも言われています。この深い霧の中を走っていると、かつて修験道だったこの山の気配が、かすかに伝わってきます。
道中の濃霧を超え、高度を上げると、登山口から上は一転して青空が広がっていました。登山靴の紐を強く締め、歩き始めます。
浄土平から、右手に噴煙を望みながら、平坦な山道を歩き始めます。足元にはリンドウが深く濃く青く、時折小さなツワブキが黄色く咲いています。
木道が中心の平坦な湿原は、ウォーミングアップには最適で、呼吸を整えながら、少しづつペースを上げていきます。
右手には鎌沼から流れ出た水でしょうか。沢に流れる水がかすかに音を奏でています。
しばらく行くと、酸ガ平の分岐に差し掛かります。高原に広がる平らな湿地は、ここから始まる急な登りを勇気づけてくれるように、なだらかに、しかし確実に少しづつ、一切経山の尾根を登り始めます。
いくつかの岩を超えていくと、眺望は少しづつ開け、振り返ると鎌沼が眼下に見えてきます。
酸ガ平小屋を超えると、道はすぐに急峻になります。それでも道は人を拒むほどの険しさではなく、優しく山頂への道を示してくれます。
ほどなく樹林帯を超え、森林限界に達したしるしとして、ハイマツが目立ち始めます。山頂はもう間もなくです。
緩やかな岩の道を踏みしめていくと、山頂が見え始めます。山頂には小さくつつましい三角点が立っています。
三角点を超えて少し行くと、眼下に雲海が見え始めました。雲海はどこまでも広く、遠くまで広がっています。今日上ってきた山道のうえ、霧の道の上から、真っ青な空が広がっています。
さらに行くと、眼下に今日はコバルトブルーの五色沼、魔女の瞳が現れました。
深い青色のカルデラと、その先に広がる吾妻連峰、そしてどこまでも続く雲海の眺めは、今まさにこの瞬間しか見えないもの、幻のような景色に思われました。
山頂を吹く風はどこか冷たく、9月半ばの秋の気配を感じさせました。
紅葉の絶景が広がるまで、あと少しです。