不可能となった衆院憲法審の「議員任期の延長改憲」 ~毎週開催の暴論を打破した参院憲法審の論戦~

 衆院の憲法審査会は、先に閉会した通常国会においても、改憲ありきの毎週開催を重ねました(計15回)。衆参には50以上の委員会がありますが、毎週開催が定例化しているのは衆院憲法審のみです

 昨年の通常国会以降、延べ36回の開催を行う中で、改憲5会派(自民、維新、公明、国民民主、有志の会)は国会議員の任期延長改憲に狙いを定めてきました。

 しかし、この議員任期の延長改憲は、今国会で事実上不可能なものとなりました。そしてそれは、参院憲法審の立憲会派の論戦の力によって実現されたものでした

 議員任期の延長改憲は、先の5月3日の投稿(文末にリンク)でご報告したように、参議院の緊急集会(54条2項)が災害などの有事を想定していない「平時の制度」であり「70日間しか使えない」という、憲法規範にも憲法尊重擁護義務(99条)にも立憲主義にも反する空前の暴論から成り立っているものです。

 つまり、憲法54条1項は衆院解散から40日以内の総選挙の実施、選挙後の30日以内の特別国会召集を定めているところ、緊急集会はこの70日間しか開催できないと曲解した上で、70日以降等のために任期延長の改憲が必要という主張です。

 この暴論を打破するため、参院憲法審において立憲会派は敢えて緊急集会を議題とすることを求め、そこで戦略的な論戦を展開し、その結果、①憲法論的にも、②政治的にも、任期延長改憲を不可能なものとしたのです
 
 すなわち、前者(憲法論的)については、憲法制定議会の金森担当大臣答弁やGHQとの協議記録などから、緊急集会の立法事実や根本趣旨を明らかにし、改憲派の「平時の制度説」、「70日間限定説」の主張が以下のように憲法に違反し、立憲主義に反することを論証しました。
● 災害などの緊急事態に対処するという緊急集会制定の立法事実に反する
● 衆院を解散した内閣の居座りを防ぐためという70日(40日+30日)の規定の趣旨に反する
● 任期延長の間の太平洋戦争の開戦などの戦前の反省から権力の濫用を防ぐという緊急集会の制度の根本趣旨に反する

 そして、更にこれらについて、日本を代表する憲法学者から賛同する陳述を引き出しました。

 また、後者(政治的)については、こうした正当かつ強力な憲法論戦の展開によって、緊急集会に関する改憲派の主張を衆参で分裂させることができた、すなわち、参院の自民、公明、国民民主は、衆院の「平時の制度説」や「70日間限定説」を否定等する見解を表明するに至ったのです

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■令和5年5月31日 参議院憲法審査会
○小西洋之君  では、長谷部先生(※早大大学院教授)、土井先生(※京大大学院教授)にお伺いさせていただきたいのですが、衆議院における任期延長の改憲論の論拠、この緊急集会七十日限定説、その基本の考え方は、災害などを想定していない平時の制度だという理解なんですけれども、土井先生の御著書、拝読させていただきましたら、佐藤達夫先生の「日本国憲法成立史」、緊急集会がつくられた歴史ですけれども、明らかに災害ということを繰り返し繰り返し日本側は言ってこの制度がつくられている
 そうすると、緊急集会制度の立法趣旨、すなわち災害などに備えて衆議院がないときの立法機能確保ということを考えると、いわゆる七十日に限定するというものは、七十日のこの文言の権力の居座りを防ぐという趣旨、そして元々立法趣旨として災害などを想定しているということからしても、解釈上無理があると、そのような見解でよろしいでしょうか

○参考人(長谷部恭男君) そのとおりだと思っております。
○参考人(土井真一君) そのように解釈しております。
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 この参考人陳述の翌週、参院憲法審の各会派の見解表明では、自民党は(70日間限定説を全否定はしなかったものの)「平時の制度」という主張は行わず、「民主政治を徹底する」という衆院では一言の言及もなかった制度の根本趣旨を述べ、公明党は(議員任期の延長改憲を全否定はしなかったものの)平時の制度、70日間限定説の両方を否定する見解を述べました。
 また、土壇場で、国民民主党も衆院の主張を全否定する見解を述べました。

 要するに、衆院の改憲5会派の改憲論とは、「自分たちの改憲に都合の悪い条文を曲解して(=違憲行為)、濫用可能な制度を導入しようとするもの(=立憲主義違反)」という、憲法と立憲主義に反する暴論であり、日本国の国会議員が絶対に行ってはいけない、さらには、政治家たる人間が絶対に行ってはいけない空前の暴挙なのですが、それが良識の府である参議院においては同じ改憲会派から否定され、あるいは同調を拒否された訳です。

 特に、公明党の西田先生を始めとする参院憲法審のメンバーの先生方は、北側議員を始めとする衆院憲法審の先生方とは異なり、緊急集会などについてきちんとした憲法論を実践される方々であることを私は事前に拝察していました。

 他方、衆参を通じて、維新だけが全く同じ暴論を主張しました。
 維新においては、同じく憲法を蹂躙し、立憲主義に反する主張を展開する自民などよりも、反省やためらいなどさえも一切無いという意味で、更にたちが悪く、もはや公党として憲法を議論する資格すらないと言わざるを得ません
(この点、参院自民党は、緊急集会を議題とする私の戦略にはまったことを気付いた以降は、それなりに悩む姿などが多少ながらもありました)

 そして、こうした参院憲法審の立憲会派が4月5日から仕掛けた論戦によって、衆院憲法審の改憲派は大いに慌てふためき、その結果として、今国会で確実視されていた衆院の改憲5会派による「議員任期の延長改憲の共通条文案」の作成を阻止することに成功しました
 なお、維新・国民民主は3月30日などに条文案を公表していますが、当然に、憲法と立憲主義に反し、大きな濫用の危険を有する代物です。

 以上のように、分かりやすく言えば、改憲5会派の議員任期の延長改憲は、日本社会に法の支配と民主主義が存在する限りは、すなわち、日本がまともな法治国家であり民主国家である限りは絶対に不可能というものなのです。 
 なぜなら、「緊急集会は、災害などの有事を想定していない平時の制度である」という虚偽や、「緊急集会は70日間しか開催できない」という曲解を改憲派が国民に訴えて、それが通るわけがないからです。

 しかし、まだ予断を許しません。
 
衆院の自民党の新藤筆頭幹事や維新の馬場代表ら改憲派は、参院憲法審での論戦に意図的に目をつむり、最後まで、緊急集会の立法事実や根本趣旨に一言も言及することもありませんでした。こうした議論は、そもそも法令解釈の基礎を欠くものとして憲法論議の名にすら値しないものです。

 しかも、参院立憲会派が「平時の制度説」、「70日間限定説」が誤りであることの論証への反論を自民党や維新などに再三求めたにも関わらず、最後まで逃げて何の説明も回答もしませんでした。この意味でも、自民、維新らには憲法を議論する資格はありません。

 それどころか、衆院の改憲派は、衆院に参考人で出席し「70日間限定説」を否定する陳述をされた長谷部早大大学院教授を(ご本人不在の)翌週に寄ってたかっておよそ憲法論とは言い難い罵詈雑言により批判するといった暴挙を繰り広げ、6月15日の今国会最後の憲法審では「秋の臨時国会で共通条文の作成を」などと平気で主張しているのです。

 憲法は主権者国民のものであり、それは、憲法制定時に金森担当大臣が緊急集会の趣旨説明で述べているように「国民の自由と権利を守り抜く」ためのものです
 こうした憲法や立憲主義の意義を関知すらせず、憲法を議論するに値するだけの資質や見識を身に付けることもせず、自分たちさえ良ければどのような主張でもよいとする衆院憲法審の改憲派の有り様は、最高法規憲法を政治の道具として扱うものであり、反法治主義、反民主主義、反知性の極みと言わなければなりません。(これは、どんなに言葉を尽くしても言い表しようがないほどの空前の暴挙なのです)

 つまり、憲法と立憲主義を蹂躙する議員任期の延長改憲と日本社会の闘いは、「人の支配 対 法の支配」(人治主義 対 法治主義)の闘いであり、「専制 対 民主主義」の闘いです。そして、法の支配や民主主義に基づく真摯かつ論理的な意見に耳を傾けることさえ全くしない勢力との闘いという意味では、「野蛮 対 文明」の闘いと言っても過言ではありません。

 私たちはこの闘いに絶対に負けるわけにはいきません。世界に誇るべき緊急事態条項(緊急集会制度)が破壊され大きな濫用の危険が生じる改憲を阻止するだけでなく、日本社会に憲法と立憲主義が存在することを守り抜くためには何が何でもこの任期延長改憲の暴挙を阻止しなければならないのです。
 そのためには、早急に改憲派による緊急集会の「平時の制度説」、「70日間限定説」という(子供でも分かる)暴論を世論化しなければなりません。
 特に、マスコミ各社の責任は非常に重いと確信し、大きく期待いたします。

 最後に、一年以上にわたるこうした衆院憲法審の毎週開催の暴論を批判し、それを打破する参院憲法審の戦略の一端を説明したのが、私の3月29日の参院憲法審の幹事懇談会の後の記者とのオフレコ会見でした。
 実は、私は、この幹事懇談会において、衆院の改憲を憲法論的かつ政治的に打破する戦略として、数ヶ月掛けて仕込んだ「緊急集会を参院憲法審の議題とすること」に成功していたのでした。

 しかし、私は、このオフレコ会見での「衆院憲法審の毎週開催は憲法のことなんか考えないサルがやること」とされるのみの意図的な切り取り報道(発言は即時に撤回していました)によって、3月31日の党代表の記者会見において憲法審の筆頭幹事の更迭を発表されました。

 それでも、その当日の夕方に、私は、翌週4月5日からの緊急集会の論戦に備えて、上記の5月31日に私が憲法学者に行った質問の内容である衆院の「70日間限定説」などを打破する理論武装の最終的な詰め(憲法理論の論証)を行わせて頂きました。

 私は、日本の立憲主義と民主主義を破壊する衆院5会派の改憲を何が何でも今国会で打破しなければならないという使命感のもとに、確固たる法理論に基づく政治戦略を立案しそれを実行することを国会議員としての信念として抱き続けていましたが、更迭の当日に議論の相手をお願いした法律の専門家の方々は、「小西先生はよくこのような時に、冷静にこのような憲法の議論ができますね」と驚いて下さっていました。

 一方、筆頭幹事更迭後に統一地方選の選挙期間に突入したため、全国の立憲民主の候補者への炎上による迷惑を避けるために私は沈黙を余儀なくされ(実は、オフレコ発言の切り取り報道を説明した3月30日の私の会見以降は「サルがやること」のテレビ報道は止まっていたのですが、翌日の更迭で大きく炎上することになりました)、産経や読売などのマスコミやネットの右派メディア、さらには維新の馬場代表、国民民主の玉木代表などからの不当かつ執拗な誹謗中傷などの攻撃を受ける状況が続きました。

 これは私にとって非常に困難な時でしたが、その間、「通常国会の閉会後に、参院憲法審の論戦によって衆院の改憲を打破したという成功報告を国民の皆さんに申し上げること」のみを目標にして、懸命に努めさせて頂きました。

 この参院憲法審の成功は、何よりも、杉尾筆頭幹事を中心に鉄の結束で私が描いていた戦略を実行して下った立憲会派のメンバーの強力な論戦のおかげであり、心からの感謝と敬意を申し上げるものです。

 そして、同時に、ネット上や事務所などに寄せて下さった多くの方々の励ましが、困難な中で私が信念を貫き続けるための本当にかけがえのないお支えになっておりました。
 頂いた応援のメッセージは全て拝読させて頂いておりますが、励ましを下さった市民の皆さまお一人お一人に心からの御礼を申し上げます。
 本当に有り難うございました。

 今後とも変わらぬ信念で自民、維新などの改憲勢力の過ちに全力で対峙し、それらを打倒して参ります。
 何卒、宜しく御願い申し上げます。

※ 議員任期の延長改憲の過ちの詳細な説明については、以下の投稿をご覧下さい。
  衆議院憲法審査会の「毎週開催」の問題について 【(1)議員任期の延長改憲】
 https://note.com/konishi_hiroyuki/n/n294330c481a7

(参考1)
 緊急集会はGHQ草案にはなく日本側の提案で制定されたものですが、それが災害など有事のためのものであることは(=緊急集会の立法事実)、上記の私の質問にある憲法制定の実務を担われた佐藤達夫先生(後の内閣法制局長官)の「日本国憲法成立史」のGHQとの協議記録からも明らかです。
 また、この協議過程では、緊急集会は大震災などの国家緊急事態(national emergency)を含むものとされており、制定された憲法54条2項ではそれよりも概念的に広い「国に緊急の必要があるとき」という規定となっています。
 以上から、緊急集会が「平時の制度で、70日間に限定される」という衆院改憲5会派の主張、あるいは、自民新藤筆頭幹事の「日本国憲法には77年前の制定以来、緊急事態という国家の概念が規定されておらず、緊急事態においても平時の延長線上での国家運営を行わざるを得ない」(6月15日)との会派意見などは、暴論を通り越して、憲法論ですらないと言わざるを得ないのです

■各協議における日本側の発言抜粋
● 第1回(昭和21年4月2日) 「これに対し、さらに、災害などの突発によって緊急な立法ないしは財政措置を講ずる必要が生じた場合どうするかとたずねたところ、」(佐藤・前掲書・296頁)
● 第2回(昭和21年4月9日) 「不測の災害に対する措置の必要が予期される限り、憲法の条文中に、厳格な条件をもってかかる措置を規定することが立憲的であり、且つ民主的であるといわなければならない。このような質問に対して、」(佐藤・前掲書・307頁)
● 第3回(昭和21年4月12日) 「最後に、こちらから、何度も同じことをくり返すようだがと前おきして、例の緊急措置の問題をもち出した。・・・解散中に総理大臣が死亡した場合、天災の発生した場合、あるいはまた、急に条約締結を要する場合の問題を持ち出したが、」(佐藤・前掲書・321-323頁)

(参考2)
 改憲5会派は、緊急集会は二院制の例外(枠外)のものであり、例外規定は厳格に解釈すべきとの主張を「70日間限定説」などの論拠にしています。
 しかし、そもそも、憲法制定議会において金森担当大臣は戦前の反省とともに、「国会議員の任期の延長は許されず、必ず選挙に訴えて国民と国家の表裏一体化を現実化する」などと国会議員の任期延長を否定しています。
 そして、その上で緊急集会は、「參議院が出来たことによって、それと組合せて更に一つの利益を考えようという見地」、「(新憲法は)緊急勅令、緊急処分などを認めておらず、どうしても国会というものが何時でも開き得る態勢を」、「何らかこの国会制度の趣旨を徹底して実行する為には」という二院制の趣旨に基づく制度として制定されたものなのです。
 つまり、緊急集会は、あくまでも二院制のもとで権力の濫用を排除しつつ何時如何なる時でも国会代行機能を確保するための制度であり、また、全体の仕組みとしてもその議決は後に衆院の同意を必要とする(54条3項)など、緊急集会は「二院制の枠内の制度」であるのであり、形式的・恣意的な「二院制の例外論(=二院制の枠外論)」で緊急集会の機能を矮小化することは本末転倒の暴論と言わざるを得ません。

(参考3)
 参院憲法審で緊急集会を議題とするに当たり、参院自民党を衆院自民党の主張に同調させず絡め取るためにある政治戦略を発動し、自民会派の意見内容や会期末に「改憲を既成事実化するための緊急集会の論点整理」の文書を会期末に作らせないなど重要な成果を収めましたが、これについては、しかるべき時機にご報告いたします。
 なお、改憲派が仕掛ける改憲のホップ(論点整理)、ステップ(条文案)、ジャンプ(発議)のうち、衆院憲法審では今国会も昨年の臨時国会に続いて憲法違反や立憲主義違反に溢れた議会の汚点ともいうべき論点整理の文書を作成するに至っています。

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