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遠回りの道中で〜西村賢太追影記②〜

お昼頃自宅を出発し、石川に到着したのが19時頃だったためこの日は金沢の安宿に一泊した。
ベッドの上でも当然先生の作品を読んだ訳だが、その作品の稚拙な感想などは誰も興味がないと思うので割愛する。

そして迎えた次の日は6時半に起床。
無職特有の昼夜逆転生活が板についている私にとって数ヶ月振りとなる6時台の起床は正直辛かったが、いくら早起きとは云い条、なにもこれから嫌ったらしい労働に出向くのではない。
一年間追い続けてきた命の恩人に会いに行くのだから、早起き如きで文句など言ってられないのだ。

駅近のレンタカーで軽自動車を借り、まず向かったのは
【ほっとらんど七尾】。

ほっとらんど七尾

先生が藤澤清造のお墓参りに行く度に利用していた温泉施設だ。
【一私小説書きの日乗】の中でも、「山の中の
健康ランド」として度々登場している。

先生と実際に応対したことのある従業員の方に事前にアポイントを取っていたので、入店早々お話を伺った。

西村賢太先生の他に、山田邦子氏などのサインもある

芥川賞を受賞する前から毎月こちらのお店を利用していたため、受賞のニュースを見た時は「え、よく来てくれはるあのお客さんじゃない…!?」とかなり驚いたそうだ。
受賞後しばらくしてから来店した時にサインを頼むと快く引き受けてくれ、早速お店に飾ったという。
サインはかなり長いこと飾っていたそうだが、コロナ禍の影響もあってかしばらくお店に来なくなり(藤澤清造のお墓参りに行けないので当たり前と言えば当たり前だが)、そのタイミングで店内の改修などもあったため、一度先生のサインは裏に閉まったらしい。

まさかそれを嗅ぎ付けてではないと思うが、
2022年の1月29日(先生が最後に藤澤清造のお墓の掃苔を行った日)に来店し、先生は受付時に、サインが並ぶスペースを訝しげな表情でジロリと見た。
「まずい、サインを飾っていない…」
と焦った店員さんは受付を終えた後に急いでサインを元の位置に飾り直したという。
そして、先生が一風呂浴びたのちにチェックアウトをする時、再度サインが飾られているスペースを見ると
「サイン飾ってくれたんですか。無くなってしまったなあと思ったので。ありがとうございます」とあの柔和な笑顔で店員さんに感謝を伝えたそうだ。
流石先生。そういうところに気付いてしまう敏感さが好きなのである。

そんなこんなでどうにか事なきを得た訳だが、
その一週間後に先生は亡くなり、最後の来店時も体調が悪そうな様子は一切なかったので、お店の方々もとても驚いたという。

先生が煙草を吸いまくったであろう喫煙所

さまざまなエピソードの中でも特に印象的だったのは、「マナーは全く悪くなかった」ということ。
先生は平生駒込のサウナ【ロスコ】を利用しており(私も足繁く通っている)、
そこの従業員の方にも話を伺ったことがあるのだが、そこではとにかくマナーが悪く、他の利用者の方から散々クレームも受け、出禁にしようか悩んだものの出来なかった、というエピソードを聞いた。
2chのスレッドにも実際にそういった口コミもあり、それを店員さんに話すととても驚いていた。
「こちらでは全くそんなことはなかった。むしろ愛想はいい方だった」と。

勝手に憶測を立て、如何にもそれっぽく都合のいいように解釈するのを先生は一番嫌いそうだが、私はその話を聞いてこう思った。

師が眠る七尾の地では問題を起こしたくない、
自分にとって神聖な場所を汚したくない、
という先生なりのエチケットだったのではないか。

根があくまでもエチケット尊重主義にできており、自身を藤澤清造キ印と評するあの人のことだ。その可能性は十分にあるだろう。

時間の都合上先生が利用したサウナに入ることはできなかったのだが、喫煙所でラッキーストライクを吸い、自己満足な感傷に浸ってほっとらんど七尾を跡にした。
研究家でもなんでもないただの西村賢太オタクにも関わらず、不審がることもなく丁寧に案内をしてくだすった従業員の方々には感謝しかない。


続いて向かったのは、西光寺から徒歩圏内にあるこちらのアパート。

住人の方のプライバシーのために住所等の情報は
控えさせていただきます

先生が毎月のお墓参りの為に一時期借りていた海沿いのアパート。
【蝙蝠か燕か】に収録されている「廻雪出航」という短編に、その経緯が詳しく書かれている。

丁度これぐらいの時期でしょうか

移動手段は新幹線と車であったため先生が辿った道をそのまま歩くのは叶わなかったが、
周囲をぐるりと見渡し、この景色を先生は何度も見ていたのか、となんとも言えない気持ちになる。

このアパートだけで言えばだが、外観は特に地震の影響は感じられず、住人の方もここで普通に暮らしているようだ(住人の方が出入りするのを見た)。
住人の方からすれば自分の住居の付近に人がふらついているのは当然気味が悪いと思うので、写真を一枚だけ撮って直ぐに退散した。
来てしまった自分が言うのもなんだが、
これから七尾に行く方はできるだけ付近に近付く程度に留めておいた方がよいだろう。


七尾の聖地を巡礼し、自分の中の西村賢太熱が臨界点に達しているのを感じながら、車で西光寺へと向かった。

一年間追い続けた先生に、いよいよもうすぐ会える。

続く

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