ベイビーステップ
先日、とある文芸賞に応募した。
400字詰原稿用紙87枚分、私にとって過去最長となる小説である。
などと云うとあたかもコンスタントに執筆している小説家志望の若者のようだが、本格的に小説を書いたのは今回が初めてだ。
数千字程度のショートショートやエッセイの公募には何度か参加した事があるが、中編、長編小説の公募には今まで参加してこなかった。
正確に言えば、参加することができなかった。
締切を目指して書き出してはみるものの、長い小説を書き切ることが今まで一度もできなかったのである。
私は高校1年生の頃から小説を読みはじめた。
様々な小説を読んでいくうちに、
小説好きの大半が一度は抱くであろう「小説家になりたい」という夢を例外なく私も抱いた。
そして世界を震わせるような名作を生み出すべく小説を書き始め、滑り出しこそ順調だったものの、数千字を超えてから一向に筆が乗らない。
書き進めれば書き進めるほど、自分が普段読んでいる小説とのレベルの差を痛感し、便所の落書き以下の支離滅裂な自分の駄文が恥ずかしくなってくるのである。
そうなってしまうともうそれ以上書く気は起きず、途中までマスを埋めた原稿用紙をくしゃくしゃに丸めて捨ててしまった。
とは云え、その後も小説は読み続けていたため、定期的に「小説家になりたい」という夢を再び抱き、「あの頃よりは成長しているだろう」「今なら書き切ることができるだろう」と鼻息を荒くしながら原稿用紙に向かうのだが、また途中で自分のレベルの低さにうんざりし、結局諦めるというのを4.5回は繰り返してきたと思う。
最初に小説を書いてから7年。
先日、ついに一作を書き切ることができた。
7年前と比べて文章力が上がった訳ではない。
小説を書くテクニックなんて何も知らない。
それでも書き切ることができたのは、
「最初からプロになろうとしない」ということを自分に言い聞かせたからだ。
今までがそうだったように、プロと自分を比較していたら書き切ることはできなかったと思う。
クオリティばかり気にしていたら途中で嫌になったと思う。
それが分かっていたからこそ、今回は比較することを辞めた。クオリティを気にしすぎることを辞めた。
これは別に適当なものを書いて出せばいい、
というわけではない。
しかし、どれだけ完璧を目指しても、完成できなかったものには何も価値がないだろう。完成していないということは、誰の目に触れることもないのだから。
逆に、どれだけ完璧から遠くても、完成できたものにはもしかしたら価値があるかもしれない。価値を見出してくれる人がいるかもしれない。
最初からプロになろうとしなくていい。
下手くそでも、とにかくやってみればいい。
脳内の120点よりも、現実の15点が大切なんだと自分に言い聞かせた。
SNSが普及した今の時代では、誰でも簡単に自分の夢に対して挑戦することができる。
お金をかけずに、自分が作ったものを誰かに見てもらうことができ、それが自分の仕事に繋がる可能性だってある。
その一方で、SNSが普及した今の時代だからこそ、一歩踏み出せない人も多いのではないだろうか。
自分がやりたいと思ったことをインターネットで検索すると、その道のプロが、天才が簡単に出てきてしまう。
自分よりも歳下で自分よりも才能のある人間を簡単に見つけられてしまう。
SNSを覗けば、自分よりも華やかで、お金持ちで、容姿が整っている人たちばかりが出てきてしまう。
そんな人たちと比較してしまい、自分のちっぽけさに、才能のなさに気付かされて挑戦をやめてしまう人が多いのではないのだろうか。
ものにもよるが、有名な文芸賞は毎年2000作品ほど応募が来るらしい。
そして、その内の1950作品は読むに値しない、クオリティが甚だ低い作品だというのを耳にしたことがある。
無論、私が今回応募した作品は「1950」の方だと思う。
これは謙遜でも、落選した時の保険でもなんでもない。
何度も何度も読み直しているのだから、自分の作品のレベルなんて自分が一番よく分かっている。
でも、今回はそれでよかった。
今の自分がやれる事は全てやったのだから。
10点だろうが1点だろうが、脳内の120点よりは何百倍も価値があるのだから。
完壁を求めて準備ばかり続けていては、いつまでも動き出すことができない。
初めて小説を書ききることができた喜びを感じながらここ数日は過ごしていたが、今日からまた新しい小説を書き始めた。
書きたいことがまだまだ沢山ある。
書いてみたいことが山ほどある。
とは云え、そう簡単に書けるものではない事も分かっている。
語彙力の少ない自分に腹が立つし、頭の中で思い浮かんでいたことが再現できないと落ち込むし、読み返す度にがっかりする。
それは分かっているけど、その時はまた自分に言い聞かせればいい。
下手くそでいいんだと。
最初からプロになろうとしなくていいんだと。