テープ録音のデジタル復刻
私はレコードを復刻してデジタル記録をすると、ウォークマンに転送して移動中などに聞くことが多いです。質の良いイヤホンで聞くと可聴域帯全体がバランスよく聞けて、案外良いのです。
SPレコードの復刻の出来不出来は、こうして聞いた時に大体判別がつきます。LPレコードの復刻に際しては27 Hz(ピアノの最低音)以下の音を-12 dBという急峻なハイパスフィルターで落とし、SPレコードの場合はこれに加えて17 kHz以上を-6 dBという緩やかなローパスフィルターで落とします。後者は経験的に選んだやり方です。このやり方で1930年頃のサルベージの難しい傷みのあるレコードでもかなり聴き映えのする出来になります。
ちなみにモノーラルレコードの場合でもステレオのカートリッジを使い、左右を足すことでノイズを1/10程度に減らし、逆に音声信号は2倍に増やせますので、サーフェスノイズを残しても音楽との分離が非常に向上します。あとはほどほどに適切なEQカーブがあればOK。なおSP復刻にナガオカのステレオカートリッジを使う理由は、針の直径を自由に選べる利点を重視しているからです。SP復刻の場合これは最も重要な基本事項。ともかくモノーラルのレコードはこの基本的な手が使えるので簡単です。
一方、復刻の判断に迷うのは初期ステレオ時代のLPです。今、シューリヒトとVPOの有名なEMI録音のブルックナーの9番を聞いていますが、オリジナルテープから採ったCDよりも1970年代にドイツで作られたLPから自分で復刻したものの方がずっと聴き映えがするのです。
誤解のないように補足すると、CDの方が明らかに鮮明です。オリジナルテープから採った価値は非常にあります。ただ不自然に角のある鮮明すぎる音で、楽器間の音の溶け合いが少なく、マルチマイク録音の嫌味が出ます。一方、LPの方は和声としてのまとまりがよく、楽器ごとの分離も十分です。さてこれはどうしたことなのでしょう。
アナログテープ録音の特徴で見逃せないのは、オリジナルテープにハサミを入れることはまずあり得ないということです。金科玉条のオリジナルテープは一度、編集用のテープにコピーして、これにハサミを入れて、その結果をカッターマシンに送ります。このコピーのプロレスで音質劣化は避けられず、そのことは当時の録音技師の悩みの種だったと思われます。スタジオで聞くオリジナルテープの鮮明な音が、最終的にできたレコードからは聞こえてこないという問題です。
自分が録音技師なら、コピーテープの状態でレコードの理想的な音を想定して、最初から音質調整をするような気がします。もしこのようなことをする場合、復刻に際してオリジナルテープを忠実に再録すると、おかしな結果になります。シューリヒトのブルックナーを聞いて、そんなことを思いました。
LP後期には、コピー劣化が全くわからないレベルに技術が進歩しているので、復刻CDとの差はほぼ無視できますが、初期ステレオの頃はかなりの開きを感じます。
そんなわけで、CD復刻には単なる技術的側面に加えて、技師に音楽的な聴き分けと調整の技量が求められるように思うのです。理想はLPレコードを探さなくても満足のいくレベルのCD復刻ができることですが、こうして考えてみるとそれはなかなかに難しい課題のように思われます。