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「孫子の兵法」に学ぶスピーチ 空気に色を付け「見える化」する技術(8.九変篇)

 ライバルの存在を意識したスピーチやプレゼンテーションを行うにあたっては、次の原則を守らなければならない。
一、自分よりも物事の全体像を正確にとらえていて、フットワークの軽いライバルを攻めてはならない。
二、「後には引けない」という状況で腹をくくっているライバルを攻めてはいけない。
三、厳しい立場におかれているライバルと、長期間相対してはならない。
四、わざとらしく、「弱腰」「逃げ腰」の姿勢を見せるライバルを攻めてはいけない。
五、戦う気が満々のライバルを攻めてはいけない。
六、「おとり」と思われる小さい事柄に飛びついてはならない。
七、嫌気がさして、関係するビジネスや物事からの撤退を考えているライバルに追い打ちをかけてはいけない。
八、ライバルに「包囲戦」を仕掛けた場合には、必ず「逃げ道」を用意しなければならない。
九、窮地に追い込んだライバルを攻めてはならない。
 これら九つのポイントは、一般的な常識とは異なっているが、無用の摩擦を避けながら、スピーチやプレゼンテーションを成功させる上での原則である。
 さらに反対に「スピーチやプレゼンをするにあたっては~ならない~もある」というポイントもある。
一、触れてはならない話題もある。
二、使ってはならない言葉もある。
三、紹介してはならない人物もいる。
四、踏み込んではいけない領域もある。
五、スピーチの専門家が語っている言葉の中にも、真に受けてはならないノウハウがある。
 そこで、先に述べた九つのポイントをよく理解している人こそが、リスクを最低限に抑え、身の丈に合った形でリターンを最大化することができる。
 反対に、九つのポイントをよく理解していない人は、表面的な物事を知っていても、リスク回避とリターンの最大化はできない。
 組織のリーダーや重要な立場にいる人であっても、九つのポイントの理解と応用ができないのでは、たとえ後に述べた五つのポイントの意味が分かっていても、聴衆に自分の意図を理解させ、動機づけることはできない。
 このようなことであるので、賢い人は一つのスピーチやプレゼンにあたっても、必ずリスクとリターンの両面から考える。リターンが多いと思われる内容や話し方には、想定されるリスクもあわせて考えるから本番でも成功するし、リスクが高いと考えられる内容と話し方に関してはリターンもあわせて考えるから、「スピーチを終えるまで、不安で夜も眠れない」ということもなくなるわけである。
 このようなことであるので、ライバルを屈服させたり、聴衆に間違った考えを捨てさせるには、その事柄の害ばかりを強調し、ライバルには力を浪費させ、聴衆に動いてもらうためには、魅力的な物やアイデアをアピールし、ライバルを走り回らせるためには、対象となるものごとの利益ばかりを強調する。
 そこで、スピーチやプレゼンテーションの原則としては、ライバルに先を越されないことを当てにするのではなく、いつ来てもよいような備えがあることを頼みにするべきである。またライバルに、こちらのウィークポイントを突かれないことを頼りにするのではなく、攻めようがないことを頼みにするのである。
 そこで、スピーチを行うリーダーにとっては五つのリスクがある。
一、駆け引きを知らず、ただ必死なだけのリーダーは失敗する。
二、保身に走り、臆病なリーダーは身動きが取れない立場におちいる。
三、気が短く、怒りっぽいリーダーはライバルに裏をかかれる。
四、無欲でいわゆる「いい人」はライバルに恥をかかされる。
五、度を過ぎた「面倒見のいい人」は、濃い人間関係が逆に負担になる。
 これら五つのリスクは、スピーチやプレゼンを成功させる上で、鳥が上空から下界を見るようなスタンスで判断をする上での妨げになる。十分に注意しなければならない。

【解説】
 本編の内容は「スピーチに特化した意訳を読む」というよりも、「普遍的な人間の心理を理解する上での参考にする」という観点でとらえてもらえばよいでしょう。従いまして、「孫子の兵法」原文のほぼ直訳的な表現も含まれています。(本篇以降、いくつかの篇において同じような訳を行っています)
 筆者が孫子の兵法に注目するのは、既に述べたように「読後の納得感」と「現実の事例との検証」に矛盾がなく、「応用可能なノウハウとみなして間違いない」と確信するからですが、鎌倉時代に生きた仏法僧、日蓮も同じような言葉を記しています。

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