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「孫子の兵法」に学ぶスピーチ 空気に色を付け「見える化」する技術(3.謀攻篇)

 およそスピーチの原則としては、世界を変えるというよりも、一人一人と対話するという思いで語り掛けるのが上策で、オーバーアクションな物言いでカリスマ的な存在感を示すのはそれに劣る。
 国を変えるというよりも、一人一人と対話するという思いで語り掛けるのが上策で、オーバーアクションな物言いでカリスマ的な存在感を示すのはそれに劣る。
 一つの地方や同じ業種の人たち、同じ団体に属している人を変えるというよりも、一人一人と対話するという思いで語り掛けるのが上策で、オーバーアクションな物言いでカリスマ的な存在感を示すのはそれに劣る。
 一つの町や限られたコミュニティに属している人を変えるというよりも、一人一人と対話するという思いで語り掛けるのが上策で、オーバーアクションな物言いでカリスマ的な存在感を示すのはそれに劣る。
 一方的な話で、「 目の前の一人」を変えてやろうと意気込むよりも、まずはよく話を聞き、信頼関係のパイプを広げてから、誠意をもって語りかけるのが上策で、オーバーアクションな物言いでカリスマ的な存在感を示すのはそれに劣る。
 ゆえにスピーチを100回行って、そのすべてが「 劇場型」の派手な話であることは素晴らしいことではない。失言と受け取られるリスクを最低限に抑え、その話をすることによって得られるリターンを、身の丈に合った形で一番高いところに持っていくのが、素晴らしいスピーチといえる。
 すなわち、素晴らしいスピーチはリスク回避を第一に置いた話であり、その次は聴衆が自分に対しては共感、ライバルやライバルになりうる人に疑問を持つような話をすることであり、その次は「 あの人のことを言ってるんだな」と名前が浮かぶような話をすることであり、一番まずいのは名指しで人を非難することである。
 特定の人を非難するのは、他に方法がない場合にやむを得ずを行うものである。その場合もしっかりと理論武装した上で、起こりうる状況を予測し、どのような形で幕引きをするのかを準備した上で行わなければならない。
 その場の感情にまかせて、やみくもに人を非難することは、信頼を大いに失墜させ、しかもライバルは痛くも痒くもないということになる。これが、安易に人を非難することの害である。
 それゆえ、スピーチの上手な人はライバルより有利な立場に立ったとしても、あてつけや名指しや、ライバルの背後にいる人たちと大立ち回りをしたり、論争を長引かせたりはしない。必ず誰の名誉も失わない形で世間の信頼を得るのであり、そのため自分自身や仲間が疲弊しない形で、完全な利益が得られるのである。これがスピーチで自らの立場を有利な方向に持っていく原則である。
 そこでスピーチの原則としては、自分がライバルやライバルになりうる人よりも10倍有利と判断するのであれば、自分のフィールドで聴衆の興味を引く話を行い、5倍有利であれば、直接もしくは間接的なアプローチでウィークポイントを指摘する方向の話を行い、倍有利であれば、疑問を生じさせるような話を行い、同じであればよりきめの細かいアプローチで聴衆の関心を引くような話を行い、少なければライバルとぶつからないような題材の話を行い、勝ち目がないと判断するのであれば、スピーチ自体を行わない。カラ元気やハッタリだけのスピーチで、自らの立場を有利に持っていくのは無理である。

【 解説】
2018年6月現在の内閣総理大臣 安倍晋三氏は、スピーチの成否を考える上で実に興味深い人です。「 スピーチの天才」や「 雄弁家」という文脈では語られない人ですが、「 ( 書いた物を) 読み上げるスピーチ」と「 ( 語りかける)パブリックスピーチ」の両方をうまく運用し、長期政権を維持しながら( 賛否両論はあるにしても)、経済を回復軌道に乗せたことは一定の評価に値するのではないでしょうか。
 半面安倍総理は、スピーチにおける失敗もいくつか経験しています。
 まずここで2017年に行われた、都議会議員選挙の後半、話題となった演説を通して考察して参りたいと思います。

「 あんな人たちに負けるわけにはいかない」

 このフレーズをご存知の方も多いでしょう。2017年7月1日、秋葉原において行われた自民党の街頭演説において、妨害行為を行っていた一部の人に対して安倍総理が放った言葉ですが、テレビで繰り返し引用され自民党大敗の原因の一つになりました。
 本編の中にもありましたが、スピーチにおいて「 名指しで人を非難する」ことは、孫子の兵法の原文における、「 城攻め」に例えられる方法といえるでしょう。

「 ソノ下ハ城ヲ攻ム。城ヲ責ムルノ法ハ、己ムヲ得ザルガタメナリ」
「 そして最低の策は、城攻めに訴えることである。城攻めというのは、やむなく用いる最後の手段にすぎない」 
三笠書房『 孫子の兵法 ●ライバルに勝つ知恵と戦略』P52. P51.

「 名指しで人を非難する」というのは、「 その人」だけではなく、「 その背後にいる人」との「 消耗戦」を行うということです。
 秋葉原の一角でプラカードを掲げて騒ぎ立てていた人たちはごく一部でしたが、「 隙あらば、安倍総理のイメージを貶めてやろう」と手ぐすねを引いて待ち構えていた一部のマスコミに乗ぜられる形で、編集のトリックを用いた「 効果的な絵( ごく少数の反対派がたくさんいるかのような)」を取られてしまい、繰り返しテレビで放映されたのは失敗でした。それはあたかも、大坂冬の陣における「 真田丸の戦い」において、幸村の挑発に乗ぜられた徳川軍が攻めかかり、ことごとく討ち死にした結果にも相通ずるかもしれません。
 この事例は「 ( 語り掛ける)パブリックスピーチ」における、アドリブの失敗ですが、反対に「 ( 書いた物などを)読み上げるスピーチ」の成功事例も紹介します。
 2015年の8月に発表された、「 戦後70年談話」は、どのようなことが語られるのか、国の内外から「 鵜の目鷹の目」で注目されていました。
 盛り込んだ( もしくは使わなかった)言葉の一つが、まかり間違えば外交問題の火種となり、国内の支持者から失望をもって受け止められ、連立している政党との関係にも陰を落とすことにもなるかもしれない状況があったわけです。
 しかし、発表された後は、「 意外に良かった( 田原総一朗氏)」という論調に代表されるように冷静な反応が多数を占めており、外交上の大きな問題に発展することもありませんでした。
「 戦後70年談話」はテキスト化された記録として、諸外国語に翻訳され、繰り返し引用され続ける種類のスピーチです。しかし、仮に安倍総理が「 戦後70年談話」を「 政治家としての一世一代の晴れ舞台にしたい」という思い込みにとりつかれ、「 ( 語り掛ける)パブリックスピーチ」で行ったとしたらどうでしょうか。「 話す内容」と「 テキストとして残る内容」に微妙な「 ズレ」が生じ、様々な悪い影響が起こり得たのではないでしょうか。
 実際には、過去の総理が行った「 戦後●●年談話」が「 ( 書いた物などを)読み上げるスピーチ」で行われた経緯から考えても、前例を覆して「 ( 語り掛ける)パブリックスピーチ」を行う選択肢はなかったと思います。
 しかし、この事例からは 次のことが学び取れるのではないでしょうか。

 すなわち。

 総じてリスクを回避する方が優先度の強い「 守りのスピーチ」の場合は、「 ( 書いた物などを)読み上げるスピーチ」を行う方が、上手くいく可能性が高い。

 スピーチライターはリーダーの参謀役である。
 参謀役がリーダーと緊密であれば、リーダー自身や率いる組織は必ず強くなるであろう。しかし双方の信頼関係が薄く、秘書などを通じた間接的なやりとりしかできないのであれば、リーダーの見識や経験に基づいたスピーチ原稿の作成が難しくなり、聴く人に違和感を与える内容の話になる。ひいては苦しい立場に追い込まれてしまうであろう。
 そこでリーダーが、スピーチについて心配しなければならないことが3つある。第1には、十分に原稿のチェックをしないまま安易に完成の判断を下したり、反対に完成している原稿に「 これも入れたい。あれも入れたい」と思いつきで追加の指示を出すことである。このような対応を「 決断力のなさ」というのである。
 第2には、効果的な文章の組み立ての知識がないのに、ちゃぶ台をひっくり返すような指示を出すことである。
 第3には断片的なフレーズや美しい言い回しに酔ってしまい、全体のバランスを考えて提案する、スピーチライターの意見を無視することである。
 スピーチ原稿の良し悪しは、トータルで見なければならず、リーダーの思い込みや優柔不断な対応は、ライバルに隙を見せることに繋がる。このようなことを「 自滅する」というのである。
 ゆえに、スピーチを成功させるために必要な事柄がある。
 第1には、踏み込んだ話をするときと、失言を回避するために地雷をすり抜ける話をする時がわかっているリーダーは成功する。
 第2にはスケールの大きい話と、きめの細かい話の効果的な使い方がわかっているリーダーは成功する。
 第3にはスピーチライター、スタッフや仲間と団結しているリーダーが成功する。
 第4には「 自分は大丈夫だ」と油断して悠長に構えている相手をターゲットにした話をするリーダーは成功する。
 第5にはスピーチライターが優秀で、リーダーがそれに干渉しなければ成功する。
 だから、ライバルやライバルになりうる人の事情と、自らの状況を理解している人は、100回スピーチを行っても危険はなく、相手のことを知らず、自分のことしか知らない人は成功したり失敗したりし、相手のことも自分のことも分かっていない人は、スピーチをするごとに失敗する」ということになる。

【 解説】
 本編の後半部分は、専門の職種である「 スピーチライター」の力を活用するにあたっての注意点について述べています。
「 人に原稿を考えてもらうのは後ろめたい」という人もいるかもしれませんが、「 自分で原稿を考える」のも、「 書いてもらった内容を選び採用を決断する」するのも「 自分の見識を見える化する」ための手段であることに違いはありません。
 過去の名高い指導者の多くは、スピーチライター的な役割を果たす人を自分の参謀として上手に使い、「 自らの言葉」としての説得力を持つメッセージを数多く生み出してきました。
 昭和天皇が太平洋戦争の終結にあたって、国民に語りかけた言葉、いわゆる「 玉音放送」は官僚が草案を起草し、内閣の人たちが様々な議論を経て修正案をまとめあげ、最後には昭和天皇ご自身も手を加えられて完成させています。

 日露戦争の勝利を決定づけた日本海海戦において、空前絶後のパーフェクトゲームを収めたリーダーである東郷平八郎も秋山真之という参謀をうまく使い、「 本日天気晴朗ナレドモ波高シ」と言うフレーズや、その内容が国内外で高く評価された「 連合艦隊解散の辞」などといった「 自らの哲学や見識を象徴する言葉」を生み出すことに成功しています。
 さらにかつての内閣総理大臣池田隼人は、暴漢に襲われて命を落とした日本社会党の浅沼稲次郎委員長の追悼演説を国会で行いました。この演説はライバルである社会党の議員たちも涙を浮かべたと言われる名文ですが、内容は秘書官が考えています。
 これらの事例から読み取れることはすなわち、スピーチ( や広い意味での言葉の運用)の成否に一番大きく影響するのは、自分自身の「 身の丈( 人格・見識)」の高さだということです。
 その上で、「 自分の見識を見える化する」ためにスピーチライターなどの専門家の力を上手く活用することで、言葉はより説得力を持ち、やがては時代を超えて人々に影響を及ぼし続けることも可能になるでしょう。

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