25年前に「雨を見てたよ」という名曲を書いたクソガキにひとこと言いたい。
こんにちは、作詞作曲家をしながら、株式会社miuzicという音楽制作、イベント制作会社を運営している近藤薫と言います。
今日は雨でしたね。
こんな日は思い出すんです。
今日は昔話をしますね。
ただ前向きな想いを込めますので。
1999年6月、今から約25年前に「雨を見てたよ」という曲でメジャーデビューしました(現ユニバーサルミュージックより)。当時26歳、調子に乗った、クソガキでした。年齢は十分大人でしたが。
デビューが決まった時、飛んで喜びたい気持ちと、「いや、ここまでは当たり前でしょ」という自信に満ちた想いが胸の中にありました。
どちらかというと、後者だったかな。
だからとても良い環境の中、活動をさせてもらえたのにうまくいかなかったんだと今は思う。
デビュー曲は「雨を見てたよ」という楽曲でした。
プロデューサーはスピッツやユニコーンも担当していた笹路正徳さん。
たくさん怒られたけど、素敵なものもたくさん頂き、自信作が完成しました。スタッフ含め、みんな売れる!と思っていました。
デビュー日の数日前、この曲のプロモーションとして、文化放送(ラジオ)に出演することが決定!割と聴衆率の良い番組だったと覚えています。
正直、あの良い曲を、ラジオなんかで流したら、問い合わせが殺到しちゃうんじゃないかって思ってその日を迎えました。
本番が始まり、トークが進み、曲紹介、オンエア、とアマチュアの頃から憧れていた進行、曲が終わった時、「よしっ!」って思いました。
当時は今みたいにSNSがないから、帰り道にエゴサもできないし、視聴者の声なんて聞けません。翌日レコード会社や、事務所に問い合わせが来るんだろうなぁと思って、気持ちよくその日は布団に入りました。
翌日、当たり前ですよね。そんな連絡あるはずもなく、世界は何一つ変わっていませんでした。むしろいつもより、霞んだ朝の景色がそこにはありました。
いつも飲んでいた少し苦めな珈琲の味も、じめっとした天気も覚えていません。
そんなわけで、25年前に「雨を見てたよ」という名曲を書いたクソガキにひとこと言いたい。
「君達がこれから進んでいく世界は、簡単ではない、楽ではない!売れたら豪邸に住めるとか高級車に乗って毎晩豪遊とかそんなものはない!ただね、とても夢のある世界で、毎日楽しいよ。」
また、こんな思い出話、しますね。
ありがとうございました。