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顧客対応をシステムに頼りすぎると命取りに

 読者の皆さんは既にCTIという言葉はご存知だろう。“Computer Telephony Integration”の略で、文字通りコンピューターと電話を統合するテクノロジーである。この技術を利用することで、顧客から電話がかかってきた場合、その着信番号から企業システム側の顧客データベースを検索し、対応するオペレーターのパソコン画面上に、その顧客の情報を瞬時に表示させることができる。オペレーターは、その顧客が過去にどういった問い合わせをしてきたのかなどをあらかじめ把握した上で、問い合わせに臨むことができるのだ。きめ細かい顧客対応を実現するためのITとして、今や、お客様相談室やサポートセンターといった部隊にはなくてはならないものである。
 さて、このCTIシステム(もしくはこれに近いしくみ)だが、最近では我々も消費者として、さまざまな場面で出くわすことが増えてきた。身近な例でいえば、宅配ピザ屋への注文時だろう。初回の電話で注文する時に、まず名前と住所、電話番号などを告げる。店側はこの内容をパソコンなどに顧客情報として登録しておき、その顧客が次に注文してきた時には、電話番号だけを確認することで、パソコン内から顧客情報を引き出し、店員が対応する(このしくみがもっと進化すれば、つまり電話とパソコンが連携すれば、文字通りのCTIシステムということになる)。

 さてこうした時(実は私もこういったサービスを利用する機会が時々あるのだが)、このしくみが、本当に顧客へのサービス向上に貢献するのだろうか?と疑問に思うことが多々ある。

●CTIがかえって顧客に不快感を与えることも

 ある時、不慣れな店員が電話に出た。私に電話番号を聞いた後、どうやらパソコン操作を間違ってしまったらしい。電話の向こうで何やら話し声が聞こえる。店長らしき人に、対応を確認しているようだ。そのやり取りが全部耳に入る。そして2~3分後、その店員は何事もなかったかのように、「近藤様ですね」と切り出した。最初に「少々お待ちください」とは言われたが、「お待たせして申し訳ありませんでした」の一言はなかった。

 皆さんはどうお感じになっただろうか。単純に一消費者としていわせていただければ、さんざん待たされた挙句、お詫びの一言もないようなサービスレベルの低い対応をされたら、「次からはもう二度と頼むものか!」となるだろう(この時の私は非常に空腹だったので何とか我慢できたのだが)。

 いくらITを導入して顧客対応を効率化したところで、こうした基本的な“顧客対応”がなっていない企業には、顧客へのサービス向上など望むべくもない。おまけに基本的な“顧客対応”ができていない人間が扱っているのは顧客情報である。どこでどう情報が漏れるかもしれない危うさが存在している。対応した店員本人の問題もあるだろうが、きちんとした社員教育をしていない企業にも大きな責任がある。

 一方で、素晴らしい顧客対応を実現している会社に出会ったこともある。記念写真店を営んで30年の会社だ。ここは文字通り記念写真の撮影が商売なので、固定客は数多くいてもそう頻繁に店を訪れるわけではない。例えば小さい子供がいれば、七五三のタイミングになるだろう。そうすると大体2年感覚で、店と顧客との接点が生まれることになる。

 こうした顧客接触の頻度にもかかわらず、この会社では本格的なCTIを導入している。目的は、やはりきめ細かな顧客対応を行なうためだ。顧客情報をきちんと蓄えておけば、例え長い間接点がなくても、顧客を忘れることはない。しかし、ここで気をつけなければならない大きな問題がある。それは顧客のほうが、過去の自分を“忘れてしまっている”ということだ。

 これが、なぜ問題なのか。つまりこういうことだ。CTIシステムによって、電話がかかってきた瞬間に、店員の前のパソコンには相手の名前のほか、家族構成や前回の対応時の状況、さらには店側の観察記録などが表示される。顧客の立場で対応できない店員なら、顧客自身が覚えているはずもないことを、システムが“教えてくれた”からといって、したり顔で会話の中に織り交ぜてしまうのだ。結果は明白である。顧客はこう思うだろう。「一体この店は、どこまで自分のことを調べあげているのだろう…」。個人情報の扱いが様々なところで注目を浴びているこのご時世に、自分のことをそこまで知られてしまったら、よほどの信頼関係がない限り、顧客は不安になるのが当然だ。

●社員教育が前提にないと、ITツールは無駄になる

 しかし、この会社の二代目社長のIT活用のポイントは、実にシンプルで理にかなっている。“社員教育が第一優先”なのだ。店員は顧客とのやり取りを通して、顧客が当時のできごとを思い出していくように会話を導いていく。社員教育とは、そうした会話力を身につけるための教育なのである。

 こうした例から私が言いたいことは、これまでこのコラムで幾度となく述べていることにつながってくる。結局ITを“遣う(つかう)”のは、人だということである。この“遣う”は“気や心を工夫して使用する”という意味だ。

 顧客の立場に立った顧客対応を実現するためには、単にITの操作方法だけを知っていれば、あるいは教えられれば済むということではない。そんなマニュアル上だけの対応を続けていては、いくら顧客対応の時間が速くなったとしても、顧客からの信頼は絶対に得られない。企業側の誠意の有無など、顧客は簡単に見破ってしまう。その結果、どういうことになるか。同じようなサービスが現れた場合、顧客は、まずは新しいサービスを試してみようと考える。「今利用しているものよりもいいかもしれない」という期待感を持って…。そして、あっさりと“マニュアル対応”の企業に見切りをつけるのだ。

 CTIシステムは、確かに顧客対応のスピードを速くするかもしれない。しかし、決して忘れてはならないのは、こうしたCTIシステムは単なるツールでしかないということだ。言い換えれば、“CTIシステムの便利さ”が顧客満足度を高めるわけではないということである。その便利さを、最も効果的に顧客に提供できるかを考えるのは、ほかでもない“人”である。ITは使うものではなく、“遣う”ものなのだということを、肝に銘じるべきだろう。

(本記事は、「SmallBiz(スモールビズ)※」に寄稿したコラム「近藤昇の『こうして起こせ、社内情報革命』」に、「第44回 顧客対応をシステムに頼りすぎると命取りに」として、2003年3月3日に掲載されたものです。)
※日経BP社が2001年から2004年まで運営していた中堅・中小企業向け情報サイト