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🍷深夜の海苔弁談義

新宿ゴールデン街にある、とあるバー

いつも通りハイボールを呑んでいると、オーナー兼店長兼店員のY君が、向田邦子さんのエッセイを取り出してきて、「読み返してみると向田さんは文章もすごく上手い人なんですよ」と口火を切ってきた。

Y君の書評は作家さんの知識も豊富で、意外な視点だったり、傾聴に値することが多い。だが正直なところ、向田さんのエッセイなど読んだことはなかった。

「向田さんは、料理が好きで、ご家族が出版したレシピ本まであるんですよ」と続く。

正直なところ、向田さんが料理好きだなんて自分には関わりあいのないことだ。
だが、次の言葉に反応してしまった。

「向田さんのエッセイか何かに、海苔弁の作り方の記述があるんですよ」

「海苔弁の事となれば聞き捨てならぬ、ことと次第によっては捨て置く訳にはゆかぬぞ」と、心の中で呟く。

「銀シャリは薄めに敷き詰める。その上に醤油をまぶした「おかか」を散らして、その上に海苔。更にご飯を敷き詰めて、もう一度おかか。そして海苔なんですよ」

「うむ、海苔弁の基本は出来て居るようじゃの。ふふふ。して、海苔をメシの上に置く前の一手間があるじゃろ?」と話しを振る

「やっぱり、炙りですかね」とY君。

「さよう!炙りで海苔の香りを立たせるのじゃよ」

そこで、若者A君が言った「えー!海苔って炙るんですか?」

「炙るとね、海苔がパリッとして、香りも良くなるんだよ」とY君が解説してくれた。

「そうなのじゃ。炙って乾燥させる意味もあるが、香りを立たせる方が大きい」

深く感心するA君にY君が海苔弁の食べ方の作法を伝授している。

「A君さ、2段、3段に重ねたご飯と海苔のミルフィーユをだね、上の層だけ食べてから次の層に行くのはダメなんだよ」
「え、どうするんですか?」
「箸を、こう海苔の面に垂直に刺してさ、ご飯を切り出す訳よ」
「ああ、断層が見えるように!」
「そうそう、これが海苔弁を食すときの極意さ」


後日、「海苔弁山登り」の海苔弁が食べたくなり、東京駅で購入した。
紙の手提げ袋には、
『刷毛じょうゆ 海苔弁山登り』
と印刷されていた。

この文字を見て、ようやく向田邦子さんの海苔弁になぜおかかを散らすのかが見えてきた!

キーワードは「刷毛じょうゆ」

醤油を刷毛で塗るのは、表面に醤油の味や香ばしさを引き出すため。これは少なくても多すぎてもダメ。
醤油を直接メシにかけるなどあり得ない。

海苔弁のメシの最表面にだけ醤油を塗布するなら、刷毛が最適だ。

だが、、向田邦子さんが活躍された昭和の時代にも醤油塗布用の刷毛を常備する「普通の家庭」は皆無に等しい。
それを解決したのが、「醤油をちょっとまぶしたおかか」だったのではないか?
このおかかなら、ご飯に醤油が染み込みすぎるリスクは少ない。
乗せるおかかの量で、塩っぱさを調節でき、しかも鰹節と海苔は、香りの相性も良いのだ。


ところで、金沢に向かう車内で食した海苔弁だ。前回、「海」を食したので、「山」にするか悩んだ。
まあ、昼も抜いてしまったから、多少重くてもいいかなと「山海のオールスター」を選んでしまった。
これが結構重かったのだ。

海苔弁は、海苔と飯が主役。
副菜はあくまでも脇役だ。
欲張り過ぎて脇役が多すぎる脚本の映画を観た後のようにお腹いっぱいで、主役の演技が楽しめなかった。




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じーちゃん こと大村義人(ペンネーム )
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