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エッセイ 「最後の晩餐」を見た日 ミラノの昼下がりの時間旅行
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時々エッセイに挑戦しております。
今夜は、「最後の晩餐」を見た記憶。
noteの作家の猿萩レオンさんの「最後の晩餐レストラン」
もちろん架空のフレンチレストランだが、私のお気に入りの店だ。
濃厚でまろやかなソースの下に、ビターでスパイシーで、痺れるような味付けの血が滴る肉が隠されている。
さて、この店の名前の元になっているのは、勿論、レオナルド ダ ヴィンチ作の
「最後の晩餐」
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この壁画はミラノに残されていて、1980年にユネスコの世界文化遺産として登録されたのだが、1977年から1999年5月28日にかけては大規模な修復作業が行われ、公開されていなかった。
修復作業が終わった直後の2000年頃に、ミラノを含むイタリア旅行をした。
資料で確認すると、縦4.2m・横9.1mの巨大なテンペラ画である。
【世界遺産】レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」があるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会とドメニコ会修道院(イタリア)
サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会に隣接するドメニコ会修道院の食堂に巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチが1495年から1497年にかけて描いたフレスコ画「最後の晩餐」は、芸術史に新しい時代を開いた重要な作品です。キリストが12人の弟子の中に自分を裏切るものがいることを告げた直後の場面が、劇的に描かれています。ゴシック的ファサードをもつ教会は15世紀に増築され、建築家ブラマンテにより美しいルネッサンス的空間も加えられた見事な複合建築です。
教会は第二次世界大戦中に連合軍の空襲を受け、大きな被害を受けた。『最後の晩餐』の前には土嚢が積み上げて守ったため、かろうじて被害を免れたという。
あれは、2000年の夏だと記憶している。
妻と高校生になった息子と中学生の娘を連れてイタリアを旅行した。
ローマからイタリアへ入り、Umbria州のPerugiaを行程に入れたのは当時イタリアに渡り活躍していた中田英寿選手の所属するチームの本拠地を見たいという息子のリクエストに従ったからだ。スタジアムには行かずに、土産物屋でユニフォームのレプリカやタオルを買い、さっさと見物を済ませた。
イタリアの何処にでもありそうな石畳の街だった記憶しかない。
Perugia
当時、ベルマーレ平塚から移籍した中田 英寿選手が所属していたAssociazione Calcistica Perugia Calcio S.r.l.の所在地
チャーターしたバスは、Perugiaを出てから高速道路をひた走り、Lombardia州のミラノに着いた。
ここでの目当ては、ドゥオーモとレオナルド ダ ヴィンチ作の「最後の晩餐」だった。1977年に始まり22年にわたる修復作業がようやく終わり、公開になったばかりの時期だったので、チケットも入手が簡単だったようだ。現在ではチケットの入手も難しく、見学時間も制限されているようなので、幸運だったのかもしれない。
ドメニコ会修道院の食堂だった空間の壁にこの絵は描かれているのだが、椅子もテーブルも取り払われた白い部屋の空間の壁のかなり高い部分に鮮やかに修復されたその壁画はあった。
修復作業前の掠れた絵と違い、中央に描かれたキリストを囲む12人の弟子に対し、キリストが「12使徒の中の一人が私を裏切る」と予言した時の一瞬の情景が写真のように固定され、生き生きと描かれていた。
一点透視図法とよばれる技法が用いられ、あたかも絵の奥のほうまで食堂がつながっているかのような錯覚を観る者に起こさせる、いわゆる錯視的演出が施されているということは後で知った。
描かれた当時としては画期的な表現方法だったので、見る者に強い印象を残しただろうとは思う。だが、現代の絵画や写真を見慣れている自分にとってその構図自体はありふれた表現方法のひとつにしか感じられなかった。
そんな絵画の手法の問題よりも、私を惹きつけたのは、それぞれの人物の心理の描きかただった。
驚きや悲しみ、猜疑と緊張、希望と失望。
描かれた使徒たち一人ひとりを見ているとその感情が、顔の表情だけでなく姿勢や指先の形にまで投影され、表現されていた。絵の中の人物たちはもちろん無言だ。だが、絵をじっと見ていると、人物たちの呻き声や溜め息、嘆きの声が聞こえてくる。
芸術家ダビンチは、ヒトをリアルに描くために人体の解剖まで学んだ科学者でもあったことは知られている。この壁画を見ているとその研究が、ヒトの心理や行動にまで及んでいたのではないかと思う。
謎めいた微笑みで世界の人を魅了するルーブル美術館のモナリザよりも、この壁画に描かれたイエスの表情は謎めいて見えた。
壁画を鑑賞した後に出たファサードには昼下がりの陽光が刺さる。光と影の現実世界が戻ってきたその瞬間、時がワープしたように進んだ気がして、軽い目眩を感じた。
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