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ショートショート 「人生は綱渡り」説
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バーテンダーのS君と、最近亡くなられた歌手、女優の中山美穂さんの話題になった。
報道からすればヒートショックからの事故死であろうと言う結論になり、冬場の入浴には配慮が大事だよねと言う流れになった。
そんな話しから、最近のニュースで、理不尽な亡くなりかたをされた方や犯罪被害者が多いように感じる、という話題に転じた。
「そう言えば、北九州のハンバーガー店で中学生男女二人が刃物を持った男から突然襲われて、女生徒は亡くなられたんでしたね」とマスター。
「そうそう。神戸では、女性が女性を包丁で刺したっていうのもあるし。油断できない時代になっちゃったよな」
「たまたまそこに居合わせてしまったばっかりに、って。運命なんですかねぇ。なんかやり切られないというか。。。どうぞ」と、オンザロックを出してくれた。
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そんな湿っぽい話しのから、運命論的な話に流れていく。
「前にも話したと思うけど、人が生きてるのって、生きてるのか当たり前じゃないって気がしてる。たまたま幸運の連続の結果で生きてるんじゃないかと思うんだよね」と、私が話を向けると、
「ああ。前にも話してらした、あの人生綱渡り的な話しですね」
「そうそう。人生は綱渡り、ちょっとバランスを崩したらアウトみたいなね」
私は2杯目に頼んだハイボールを一口飲んでから続けた。
「無差別な傷害事件や交通事故、ストーカー被害とか。そんな報道に触れる度に、「運命」の意味を考えるんだよね。哲学とかそんな難しい話しじゃなくて。生きてるのって偶然の積み重ねじゃないかって」
「確かにそんな気がしますね。逆に、ほんの少しタイミングが違っていたら、そう言う事故、事件に合わなくても済んでたかもしれないのに」
「トラックのタイヤが外れて、暴走して、お子さんが亡くなられた事故とかもあったね」
「ああ。あれは、確かお母さんが亡くなられたんじゃなかったですか?ちょっとズレてたら亡くなられることもなかったのに。この手の事故も多いらしいですね。昨年度だけで140件以上らしいです」と、マスターはスマホで検索した画面を見ている。
「中央道の笹子トンネルの天井の崩落事故って覚えてる?10年以上前になるかな」
「はい。あれも、ちょっとしたタイミングですよね?車が天井板の下敷きになって、死者が出た事故ですね」
「自分もあそこはよく通ってたから、他人事じゃない気がしたよ。なんかの映画じゃないけど、悪魔が居て、計算して狙って事故を起こしたんじゃないかって思いたくもなるよね」
「ああ。エクソシストだか、そんなのありますね」
「まあ、そんなことは無いと思うけど。今日まで生きてるってのは、綱渡りから落ちなかった、運が良かっただけだと思う」
「そう考えると、まあ、今日まで生きてて、こうやって酒を呑めるのは、有難いということですね。。。」と、乾杯する素振りでグラスを掲げた。自分も飲み干して、思考モードに入った。
何年か前だったが、ビルの屋上からの投身自殺者の巻き添えになって命を奪われた事件もあったのを思い出した。確かどちらも女性だったか。自殺を図った方は、目的を遂げたのだが、巻き添えを食った方の方はお気の毒としか言い様がない。
また別件で、逗子の崖の法面の土砂崩れで生き埋めになり、亡くなられた女学生の事件も思い出した。
どちらも、その場所を通過するのが、10秒早ければ、或は何センチかずれていたら亡くならなかったかもしれないのに。
だが、犯罪や事故に巻き込まれた方たちは、皆さんが運命の悪戯によって、その場、その時間に導かれたかのように事件に遭遇してしまったのだ。家や会社や学校を出る時間があと10分早ければ、時間がズレていて免れたかもしれないというのに。
生きたいと思っていても、運命はある日その人の生命活動の突然の終焉を告げる。思ってもいなかったタイミングでいのちが終わる。
寿命や病気で亡くなられる場合には、本人や周囲の方は辛いかもしれないが、心の準備をするだけの猶予がある。対して、突然死の場合にはそれが許されない。
そんなことを考えていると、ロックグラスは空になっていた。
チェイサー代わりにもう一杯ハイボールをもらい、一口呑んでから言った。
「自分は運命論者ではないので、人の寿命は外的な要因や確率の積み重ねで決まってくるのだろうと思っている。いくら厄災を避けたいと用心していても、天変地異や天災に遭遇すれば、人の生命は儚く失われてしまうしね」
マスターが頷く。
「そんな境遇になっても運良く間一髪で生還するひともいれば、願いが叶わず命が絶たれるひともいますよね。自分も交差点の信号待ちとか、気をつけるようにしてますよ」
「ああ俺もだよ。車を見たらブレーキとアクセルを踏み間違えてるかもと思ってるし、信号を無視して突っ込んでくるものだと思って用心してるよ」と苦笑する。
飲もうとするといつの間にか、ハイボールは空になっていた。
「お作りしますか?」とマスター。
「いや、今日はもういいや。人生の綱渡りから落ちないように、足がしっかりしてるうちにご帰還としよう」
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店を出て歩きはじめると、急に寒さが襲ってきた。見上げると見事な月だ。
ずっと見ていたかったが、しっかりと足元を見ながら歩こうと思った。
人生は綱渡りだからね。
完
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