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小説 ハグ屋の慶次⑨ 初めてのクライアント

その客にはアルバイトの菜美が付き添って入ってきた。菜美のシフトではない日の夜だ。

菜美はバイトの合間にカフェノワールの元の店長である神城から、慶次に関する不思議な話を聞かされたことがあった。

精神的な不調を抱えた客が店にきたときに、痙攣を起こした事があった。救急車を呼ぼうかと迷ったほどの異常な状態であったと。その客に慶次が声をかけ、肩に触れた時に、客の痙攣が止まり急に涙を流しはじめ、何もなかったかのように正気に戻った。
神城自身も慶次と握手した後に、自分の手が暫く熱を持ったような感覚があったと。

その話を聞いたとし菜美は
「オーナー!それ、オカルト話かよ!」と笑って聞いていた。
神城も「だよなぁ」と苦笑して返したのだが、何故かそのエピソードは奈美の記憶に引っかかっていた。
そこで、菜美は知り合いの葉月のことを慶次に
相談したことがあったのだ。



「ニコ店長、こんばんは!」
「ああ、菜美ちゃん。今日はシフトじゃなかっよね。お友達と一緒?」
「この子が滝沢葉月ちゃん。こないだ店長に相談したひと」
「ああ。少し離人症っぽいかもって言ってた。。。」と声を落とした。
「そう、その子」
「まあ、とりあえず、二人ともカウンターに座ってくれるかな? えーと、滝沢さんはコーヒー飲めるかな?」と声をかけて、座るように促した。
「葉月はアメリカンなら大丈夫かな。私はマスターブレンドをお願いします」と菜美が答えられずに固まっていた葉月の代わりに応える。

マスターブレンドは店のメニューにはないブレンドだ。モカとキリマンジャロを配合した「スペシャルブレンド珈琲」を菜美はマスターのブレンドだから「マスターブレンド」と呼んでいる。

ネルドリップで淹れたスペシャルブレンドを3つのマグカップに分けた。アメリカン用のカップだけは7分目にして湯を追加し、軽く撹拌した。
「本当のアメリカンは、粗挽きの粉で淹れるんだけど、今日はお茶代わりで店の奢りだから」と付け足しながらサーブする。
皆が一口啜ったところで、慶次が話を促す。

「さて、相談て?」
「葉月は上手く言葉が出せなくなってるみたいなの。私が説明してもいいよね?もし、違ってることがあったら教えてね」と菜美が葉月に問い、頷くのを確かめてから続けた。

「葉月は中学の時にイジメを受けてたの。でもそんな酷いのじゃなくて、メインのターゲットにされた子、A子って呼ぶね。葉月はA子と同じクラスだったの。葉月は巻き添えで、ついでにムシされてた程度」
「うん。いまどきよく聞く話しではあるね」
「葉月は高校は、イジメてたグループとも、A子とも違う学校に入ったから、脱出できた感じで良かったんだけど、イジメグループとA子は同じ学校になってしまったんだって」
「みんなクラスはバラバラだったのかな?」
「そうらしい。でも、2年になる前に、イジメっ子グループは再結成されたの。そして、今度は、A子とそのクラスメイトのB子までターゲットにして、イジメが再開した」
「クラスを超えてのイジメって珍しいような気がするけど、違うのかな?」
「多分、珍しいんだけど、A子のクラスにイジメグループと仲のいい子がいて、その子のグループもイジメに加担したの」
「そう言う仕組みか。厄介な話しだな」
葉月は俯き加減のまま、珈琲の表面を見つめて動かなかった。

葉月の様子を確かめてから、慶次は先を促した。
「それからどうなったのかな」
「高校卒業まで続いたの。でも、それで終わらなかった。B子もイジメに耐えかねて、A子を虐める側に回ったから、A子は支えを失って。。。」と、菜美は言葉を詰まらせた。
「まさか。。。」
「そう。自ら命を断とうとしたの。クスリのオーバードーズ。。。幸いと言っていいかどうかわからないけど、植物状態になってしまって。。。」
「でも、葉月さんとA子さんは、別の学校だったんだよね?」
葉月がはじめて口を開いた。
「前の日に、電話がありました。久しぶりに会わない?って。全然普通の声でした。だから会う約束したのに。。。」
あとは声にならなかった。

「その2週間後に、イジメグループの一人から葉月に電話があったんだって。A子のことを知らせてきたの。もとは同じ中学校のクラスだったからね」
「どんな電話だったんだろう」
「多分、その子は良心の呵責に耐えかねたんだろうね。私のせいじゃないよね?私のせい?って半狂乱だったらしい」
「葉月さんは、答えようがなかったんじゃないかな」
「そう思うよ。だって一緒にいじめられてた立場だもの。あなたが殺したのよって言いたかったでしょうね」
「でも。。。いえ、な、かった。だって。だ、だ、だ、あーー。あー」葉月が口籠ると叫び、カウンターに伏せて、身体をこわばらせた。
菜美は、葉月の肩を抱いて慰めた。

「葉月ちゃんは、悪くないんだよ。ね?そうでしょ?あなたも被害者だったし、その子と高校では直接関係なかったんだし」
「で、でんわ。し、して、きた。の。に。わたし。わたし。あ、あ、あ。。。」後は言葉にならなかった。
菜美は葉月の背中を撫でて慰めるだけしかできずに、涙を流しながら葉月を見つめていた。

慶次は、二人の様子を見て考えていた。
このままだと、葉月はきっと精神を病んでしまう。いや、もう病み始めているのかもしれない。
カウンセラーや精神科医の介入が必要なレベルではないだろうか。

慶次は、菜美に声をかけた。
「ねえ、菜美ちゃん。カウンセラーとかに相談するほうがいいんじゃないかな?」
菜美は顔を上げて、慶次をキッと鋭い目で睨みつけた。
「そんなの分かってるよ。そうするように勧めたよ。でもさ。でもさ。葉月はもう、魂が抜けたみたいになってるの。その子が自殺未遂したのは葉月のせいじゃないのは分かってるの。でも、何かしてあげられたんじゃないかって思うと。。。」と言って顔を葉月の背中に押しつけてしゃくりあげるように泣き始めた。

慶次は、二人を見て精神分析における転移、逆転位を思い出した。

患者がセラピストに特定の感情を持つ転移の現象を利用して、それを治療に役立てられることがある。
患者が親に対する依存だったり、恋人に対して愛情を求めたりするような場合だ。逆に、逆転移はセラピストが患者に対して持つ感情のことで、治療者が患者に対して、転移に対する反応や感情を抱くことだ。

その場合、治療者は患者の感情や態度に影響され、無意識に自分の過去の経験や感情を投影してしまうことがある。その結果、治療者がバランスのとれた対応ができなくなり治療関係が歪んでしまうのだ。

時には、治療者自身の過去のトラウマが抉り出されてしまい、治療者のメンタルな障害が起こることさえある。このままだと、菜美も危ないかもしれない。

慶次は深呼吸して息を整えると、菜美に声をかけた。
「菜美ちゃんは、もう十分頑張ったよ。葉月さんのために。よく話を聞いてあげたし。一緒に考えてあげたよね。でも、これ以上、踏みこんだら、菜美ちゃんが不安定になるから。任せて」
慶次を睨んだままの菜美の肩にそーっと手を伸ばす。

「もう、大丈夫。大丈夫だよ。だいじょうぶ。だいじょうぶ」呪文のように、催眠術師のようにゆっくりと声をかけた。
そして手を伸ばすと、菜美の肩に手が触れた。
その瞬間、慶次の視界が一瞬、瞬いた。
その一瞬で、菜美の緊張がほぐれる手ごたえがあった。

菜美は慶次を見た。
菜美には、慶次があの困ったような顔で菜美を見ているのが見えた。
そして、慶次が菜美の顔を見てゆっくりと頷くのを。

慶次は、菜美の手をそっと握り、葉月の肩から外してあげた。

その目は、「大丈夫。大丈夫」と言っていた。菜美は手の力を抜いて、葉月の背中から手を下ろした。

「さあ、菜美ちゃん。代わってあげる。場所を代わろう」と慶次は、菜美と代ように促した。
菜美は、はじめキョトンとしたが、意味がわかったらしく、隣の椅子に移り慶次に場所を開けた。
慶次は奈美に頷くと、菜美が座っていた席に座った。

「葉月さん。葉月さん。聞こえるかな?」
ゆっくりと話しかける。
「葉月さん、きっと大丈夫だよ。大丈夫。君も友達も、みんな大丈夫。大丈夫。大丈夫」と優しい声で話しかけ続ける。

葉月は固まったまま、動かない。
だが、慶次が肩に手をかけた時に「それ」がおこった。

慶次の手と葉月の肩の隙間がうっすらと光ったのだ。慶次はその光を手で感じていたし、奈美はその光を見たような気がした。
その瞬間に慶次から葉月に何かのエネルギーが流れ込み、葉月の魂になにかを語りかけた。
そのエネルギーの涙に揺さぶられて、葉月の心の深い部分の闇の中から、黒いものが浮遊してきた。



校正前ですが、とりあえず⑨をupしました。
葉月はどうなるのでしょうか?
AI Chatを使ってニコ店長のイメージ画像を作ってみました。














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大村義人(ペンネーム )/じーちゃん
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