夏の暮れ、たしかにそこに居た君へ

 八月末日。
 ひとつの、ひとりの物語が幕を閉じた日。
 僕が生きてきた人生の中で、最も早く過ぎ去っていった夏。
 もう君は居ないんだと思うと、心がズキズキと痛む。

『この夏が終わらなければいいのに』

 何度だって思った。今だって思ってる。
 数え切れないほどの思い出が頭の中を走馬灯のように駆け巡る。
 過ぎ去った時間は戻りはしない。ただ、現実を受け入れて前に進むしかないのだと、頭ではわかっている。

 後悔がないと言えば嘘になってしまう。
 自分が過ごしてきた時間に胸を張れるかと問われれば、きっと口を塞いでしまう。所詮はその程度だ。
 だけど、君と過ごした日々に後悔はない。
 君のためを想ってした事の全てに後悔はない。
 それだけは、胸を張って言える。

 歯車が重なり、動き出したあの日から、僕はずっと考えていた。
 いつか君がいなくなってしまう日のことを。
 命がそうであるように、どんなものでも始まりがあれば終わりは必ず訪れる。
 だから、そんな漠然としたことにも拘らず、そう思わずにはいられなかった。

 足りない。
 ただただ、そう思った。

 早すぎる。
 ただただ、そう思った。

 仕方がない。
 そう、受け入れるしかなかった。

 君がたくさん悩んで、葛藤して、その結果として出した決断を僕は否定することはできない。
 そこには、色々な想いが錯綜して頭を抱えた日々もあっただろう。泣いた日だってあったかもしれない。
 離れ離れになって悲しいのは、残される人達だけではない。
 何処かで感じることはできても、もう何かを伝えることはできないのだから。

 君には沢山の宝物を貰った。
 ありがとうの言葉だけでは足りない程、かけがえのない宝物。
 結局、僕には思い出を送ることしかできなかったけど、満足してくれただろうか。
 僕はちゃんと感謝を伝えることができただろうか。

 あーあ。長かったな。
 いや、短かったかな。
 時間の感覚すらわからなくなるぐらい、君の事を見ていたんだな。
 いつの間にか君がいる生活が当たり前になっていて、君がいるから前を向けたし、君がいるから安心できた。
 終わりが来ることなんて忘れてしまうぐらい、君の存在が当たり前で、生活の一部になっていた。

 君がいなくなってひと月が経った。
 胸にぽっかり空いた穴は今も埋まることはなく、それでも、変わらない日常が流れている。
 この穴はきっと埋まることはないのだろう。埋まらないことが、穴が空いていることが当たり前になっていくんだ。
 君の代わりなんていない。君だけがこの空白を埋められるんだ。

 柱に刻んだ背伸びの跡のように、いつかは朽ちて思い出に変わっていく日々も、絶対に忘れることはない大切な記憶。
 君が歩んだ軌跡は無くなってしまったけど、確かに誰かの胸の中には残っている。

『さよなら』

 なんて言葉は無粋だ。
 これはお別れではないのだから。

 沢山の人の胸の中にいる君は、笑っているだろうか。
 いつかまた交錯する未来のために、ただ、そう信じて。

『またね』 

 そんな言葉がお似合いだ。

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