ノスタルジィ日記
「生」に執着がない、と言ったら嘘になるけど、あんまり惰性で生きていたくもなくて、教科書に載りたいとは思わないけど、誰でもできることだけやって人生終えるのはあまりにもつまらないとも思う。もう20年生きてきちゃったんだし。
実をいうと成人する前にはもう人生を終えていたかった、というか中学生の頃に描いていた人生像ではとっくに終えているはずだったんだけど、まぁそんなのは一種の厨二病みたいなもので、とはいえ次の目標は27クラブに入ることだからまだまだ現役バチバチに痛い妄想を繰り広げている。
しかし重要なのは年齢ではないのだよワトソン君。
27と決めたからといって、そこまで何もせずにただ生きていくのはナンセンスというものだ。だったら今すぐ片を付ける方がいくらも格好がつく。それを為さないのは、やはり土壇場で未練がましく、「生」というものに執着を覚えるからではないのかね。
そうだろう?ワトソン君。
ちなみに私はシャーロック・ホームズをひとつも読んだことがないから、ワトソン君の姿はこれっぽっちも見えていないよ。いい加減元に戻そうか。
要するに最初にも書いたように、だらだらと生きていくのは嫌なんですよ。
だったらやりたいことにはとりあえず手を出しとこうと。興味、希望、可能性、執着、未練があるならさっさと断ち切っとこうと。それで才能が開花したら儲けもんだし、特に能もないのにチャレンジした大抵のものは1年くらいやると飽きることに最近気づいた。
やりたいことを思いつく限りは、まだ謳歌できるからね。やり尽くしたら幕引きしてやろうかなと思っているけど、ひとつやり切る(飽きるともいう)と次のやりたいことが2つくらい出てくるから不思議。ねずみ算。心なしか27クラブの加入も遠のいている気がする。
なんだかんだ言ってまだ、まだあと10年は今みたいな感じで生き延びてるんだと思う。その先は知らんね。今やりたいことだけやって気づいたら80とかになっていたい。でもそれはそれで何も残ってなさそうでいやだな。そこまで生きなきゃならんのなら、然るべき時期で然るべきことを悟りたいね。バイブルは論語。孔子様のいうことは、ぜったーい。
年度終了のノスタルジック気味な日記と、新年度と今年も色々始めるであろう新しいことへのちょっとした抱負。でした。はい。