【短編】肝試し
高校3年生の夏、受験勉強の息抜きを兼ねてクラスで肝試しをやることになった。男女ペアで旧校舎を一周するというなんともベタなものである。俺はこの企画に、当時好きだった橘とお近付きになりたいというこれまたベタな下心でもって便乗した。
肝試しが始まってから、安易な下心を後悔するのは一瞬だった。旧校舎の古さと暗さが想像以上に怖かったのだ。我ながら呆れてしまうほど、その雰囲気にビビり散らかしていた。橘に格好良いところを見せたかったのに、これじゃまるで駄目じゃないか。もはや足はすくみ、涙目になって視界が霞むのを感じていた時だった。
「樋口くん、大丈夫?」
橘の声でハッと我に返った。顔を上げると、心なしか先程よりも場が明るく感じる。廊下の窓から差し込む街灯が眩しい。涙に光が反射したからか、街灯がいつも以上に強く俺と橘を照らしてくれているような気がした。加えて隣に立つ橘が、俺には何よりも一番暖かい光を放って見えた。
情けないことにまだ目の中の涙は消えてくれそうにない。でも涙目でいる限り、光は眩しくあってくれそうだった。これならまだ、進んでいける。
「行こう、橘」
俺は橘の手を握って、恐怖を振り払うために大股で廊下を歩き出した。
***
今、俺の隣には真っ白なウエディングドレスを着た彩希が立っているのだから、本当に人生はどう転ぶかわからない。半年前に橘は俺と同じ苗字になった。
式の直前、扉の前に立って深呼吸をした俺のところに彼女がとてとてっと近づいてきた。その姿が高校時代と重なって、思わず口元が緩む。俺は当時を思い出しながら彼女に話しかけた。
「高3の時にクラスのみんなでやった旧校舎の肝試し、覚えてる?俺とペアだったの」
「当然だよ」
彼女ははにかみながらこう続けた。
「私、あの時初めて君のことかっこいいって思ったんだもん」
俺は一瞬驚いたが、彼女がそれに気付く前にニヤと笑ってみせた。
「俺はいつだってかっこよかったでしょ」