ミステリー小説 一話(全三話)

朝起きると、妹が死んでいた。

白いシーツは赤く染まって幻想的だ。

警察は、すでにホテルの職員によって呼ばれていたようだ。外ではパトカーのサイレンが鳴り響いている。

まだ夢の中にいるみたいだ。

ぼうっとして状況が飲み込めない。

特に、シーツを染める赤は美しすぎて、現実味を奪っていった。

しかし、ぼやけた頭でも体はハッキリとことの重大さが分かっているらしい。金縛りにあったみたいに、動けないのだ。僕は多分、本能的に妹の死体をみないようにしている。

視界の端で銀色にきらめくものがぼんやりと見えた。さしずめ、ナイフだろう。

妹の死因は刺殺か。

だとしたら殺人事件だ。

それを認識した時、僕は馬鹿みたいになって笑いだしそうになった。だが、笑えなかった。そんな余力はどこにも残っていなかったらしい。

しばらくすると警官がやってきて、引きずられるみたいに起こされた。

もう、視界の70%はぼやけてよく見えない。

しんどさは感じないのに、体が冷汗をかいている。

頭がほてってうまく物事を整理できない。

視界が100%ぼやけて僕は立っていられなくなった。






ハッと気づくと、そこは見慣れた自分の家だった。

振り向くと、母がウイスキーの瓶をつかんだまま机に突っ伏して眠っている。

時刻は12時を回っていた。

最後の記憶は朝のものだ。随分意識をうしなっていたのか?

それとも悪い夢を見ていただけだったのか。

しばらくすると、断片的に記憶が戻ってきた。

残念ながら夢ではなかったらしい。

そして記憶の中の僕は、警察からの聴取などの面倒な事を終わらせてくれたらしい。

体はピンピン、頭はハッキリ。記憶の飛んだ時間を挟んで、僕はだいぶ回復したようだ。

おそらく母も警察から話を聞いただろう。アルコールの入った母は何をするか分からない。

一番に考え付いたのは、「逃げなければ」だ。

でも問題があった。「金」と「場所」。

どこに逃げるか、どうやって暮らすか。

だが問題はいとも簡単に解決した。そう、母は眠っている。財布の場所くらいはわかる。金さえあれば、どこかへ泊まれる。いつまでもそこにいるわけにはいかないだろうけど、今すぐ逃げるだけなら容易くできる。


早速母の財布から適当に札束を出して、私物の入ったカバンと一緒に家から出たてきた。

とりあえず、ネットカフェに行くのが手っ取り早い。

これで、5度目の家出だ。

これまでの4度と違うのは、妹がいないことだ。

いや、今は考えるのはよそう。

「どう逃げるか」を考えていよう。

他の事に集中していないと、壊れてしまいそうだった。









目を閉じて

呼吸は深く、ゆっくりと。

「はぁ」

全く眠れない。

時刻は午後11時。

体はまだ疲れているはずなのに。

「はぁ」

もう一度ため息をつく。

このままダラダラと時を過ごしても、目の下にくまを作るだけだろう。

ぐいと体を起こした。

……起こしたはいいが、やることがない。

「はぁ」









案の定、盛大なくまが出来た。

黒く、太い。

何日も徹夜した人みたいだ。

ネットカフェにいても、眠れないことが昨夜の地獄の時間で分かった。馬鹿でかい金を払って、不眠症になるなんてごめんだ、と思い至ったのが7秒前。

その勢いで、出てきてしまった。どこに泊まるのか、どこに行くのか、全く考えていなかった。

やってしまった、と思いながらも今更引き返せない。

ぶらぶらと道を歩いていると、電信柱に、張り紙がしてあった。最近テレビが連夜放送する、誘拐犯についてだそうだ。「犯人を捜しています」と書いてある。

それで、ハッとした。


「妹を殺したのは誰だ?」







もう昼時が近いが全くお腹はすいていない。

あれからギガ数の少ない携帯で妹の事件について色々と検索してみたが、結局何も手掛かりは得られなかった。

探偵に頼むことも考えたが、金がかかるし、こんな幼い少年が頼みこんだところで相手にされないだろうと考えて、思いとどまった。

妹のことはニュースで短く報じられた。しかし、専ら誘拐犯のことが中心で、何の情報も得られなかった。

そこで、自分の持っている情報とねじの外れた頭を使って推理をしてみようと考えた。

西原公園のベンチは大きな木の下にあって涼むのに最適な場所だった。

そこでカバンからノートとペンを出して、あの時の状況と、ホテルの人々を書き出してみた。


状況 妹がナイフで刺されて殺されていた。死因はおそらく出血多量。

 場所 ホテルの01号室

人  02号室 背の高い女性。推測では僕と4つ違い、17歳程度。

    04号室 中年の男性。妹に何かと構ってきた。

    05号室 男性。推測で20代。無口、無表情。

    他、空き部屋

    管理人 大野 はるとき、推測で60代。人が良い。

    職員  佐とう 実月、推測で30歳前後。

  

04号室の人以外の人間に特に怪しい点はなかったが、04号室の人間が犯人というのは何か納得いかない。あるいは全くの部外者が犯人の可能性も……。

キリのない「可能性」の話に頭が痛くなってきて、一旦ノートを閉じた。

空を仰ぎ見れば、紺色と赤色のグラデーションが美しい。東の空は黒と言っていいほど日がくれていた。

犯人の話はここでおいておいて、今日、どこで眠るかを考えた方がよさそうだった。

「ふぅ」

ベンチを立とうとして、ぐらっと体が後ろに倒れた。

はじめ、何が起きたのか分からなかった。

しかし手首に熱を感じて、誰かに腕をつかまれていることに気付いた。

そのままその誰かは僕をベンチに引き戻した。

「動かないで」

女性の声だった。驚いた拍子に無防備に振り向くと、ショートヘアーの女性が真剣な表情で僕を見ていた。17歳くらいの人だった。

その横顔に見覚えがあった。

02号室の人だ。

なぜここに?

02号室の人は、ごく自然な動作で僕の横に座った。

「君を探してたの」

「え」

意外な言葉に声が裏返ってしまった。なぜ僕が探されなければならないのか。

「私ね、ミステリー好きなのよ」

その一言でだいたい02号室の人の思惑が飲み込めた。

つまり、この人は自分の好奇心を抑えきれず、妹の殺人事件を探偵気取りで解こうとしているわけだ。

僕の居場所をどうかぎつけたかは知らないが、ちょっと厄介な相手に出くわしてしまった。

「遊び半分ではないのよ」

僕の心中を悟ったかのように、02号室の人は付け加えた。

「遊び半分にしかみえません、申し訳ありませんが失礼します」

僕は正直に言った。これ以上関わるのはごめんだ。さっさと諦めてほしい。

だが02号室の人は僕の思いとは反対に薄笑いを浮かべて言った。

「気にならないの、自分の妹を殺したのが誰か」

「知ってるんですか!?」

驚きのあまり道を歩いていた人も振り向く大声が出た。

「教えてほしい?」

02号室の人はますます意地悪そうな笑みを浮かべて聞いていくる。

「ぜ、ぜひ!」

「そう……」

02号室の人は満足そうにうなずいて、少し間をおいてこういった。

「でも条件があるわ。私の家に来てほしいの。心配しなくても何もしないわ。ただ、あなたが知っていることを全て吐くまで帰さないだけ」

危険な条件だ。家に着いたら誰かがいて、とらえられるかもしれない。この人が犯人の可能性だってあるのだ。だがそんなことより、犯人が分かるかもしれない、という目の前につるされた大きすぎる餌の誘いに僕は負けた。

「分かりました」




02号室の人はアパート暮らしだった。高校に入ったのを機に一人暮らしを始めたのだと、道中教えてくれた。親の理解が深かった、と02号室の人いったが、子どもに甘いだけでは、と僕は思った。もちろん声には出さない。

「それで、早速教えていただけますか」

図々しくソファに座り込んで聞くと、02号室の人はまたしても僕の隣に座り込んで「まだ駄目よ」と意地悪く言った。ずっとじらしてくる態度についイラっときて

「02号室の人は、本当に犯人を知ってるんですか!?」

と怒鳴ってしまった。02号室の人はきょとんとして、それからやってしまった、とうろたえる僕を横目に笑い始めた。今度は僕がきょとんとした。

「02号室の人、って私のこと?おかしな呼び方をする人もいたものね」

02号室の人が笑っていた理由はそれらしい。

「す、すみません」

僕が怒鳴ったことも含めて謝ると、02号室の人は首を振った。

「怒ってないわ。でも名前は憶えておいて。坂根美琴よ。あなたは古賀佐久くんだよね」

どうして知っているんですか、という質問は飲み込んだ。答えはどうせ「調べたから」だ。しかし、一体どこまで知っているのか。

「それから、さっきの質問だけど、犯人ね。心配しなくても知ってるわよ。仕方ないから教えたげる」

彼女のその言葉に思わず僕は身を乗り出した。美琴は言葉を続ける。

「犯人は……」





つづく



こんにちは

こんです。

はじめてのミステリー小説でつじつまが合わないところやおかしなところがあるかもしれないのですが、つづきもありますので最後まで読んでいただいて、ご意見ご感想をいただきたいと思います。

それから、本当はそうするつもりではなかったのですが、ちょっとコイバナもぶっこんでしまったのでますます変なことになっているかもしれません。

注意ですが、キリの悪いところで「つづく」になっているので、次回の第2話は犯人の名前で始まります。第2話から第3話に関しても同様のケースになっているので、前回の内容を忘れた方はちょっと思い出していただいてから読んだ方がいいかもしれません。

この話はバリバリのフィクションです。

第一話、最後まで読んでいただいてありがとうございました。





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