大竹伸朗の作品、直島銭湯「I🖤湯」は かつての銭湯文化を語る写真やモザイク画、 派手なインスタレーションとが混在する、 ちょっと家族連れでいくのは憚られる 銭湯です。 アダルトな展示がございますので(笑) 大人な私はそこでゆっくりと過ごしながら、 1人のおじさんとお話をしました。 神戸から自前のヨットで渡航してきた おじさん。 僕の瞳は輝きました。 ひとっぷろ浴びてから、「海っ子」という お好み焼き屋さんで 夜ご飯をご一緒させてもらい、 港に泊めている ヨットを観に行かせても
新緑の5月。 先立って卒業していった友人から 譲り受けた原付に股がり 岡山市から南下。 岡山県玉野市宇野港。 そこからフェリーに乗り 向かったのは 現代アートで有名な島「直島」でした。 一度サークルの旅行で 来たことがあったのですが 今回は一人旅、 そして前回はいけなかった美術館などを 訪れ、芸術鑑賞をしようと やって来ました。 まずはBenesseハウスミュージアム。 安藤忠雄のコンクリート建築、無機質な建物に 現代アートが国内外の作家を問わずに 展示されています。 ブル
世間の人々はゴールデンウィークという 勤勉の国、日本に与えられた 束の間の長期休暇で賑わう 5月。 ほんの数ヵ月前までは学生だった彼は、 大都会東京でネクタイをしめて 社会の荒波に揉まれているところを 岡山に帰ってきました。 私の旅の相棒、山田氏。 今回は岡山駅から電車に乗り、 橋を通って海を渡り 高松港にやってきました。 高松港からは船に乗り 瀬戸内海に浮かぶ島々の1つ 「男木島」という小さな島へ。 まずは スペインの芸術家 ジャウメ・プレンサによる 「男木島の魂」とい
春先の北陸の寒さに 私達の身体は震えていました。 なのでとりあえず金沢駅前にあった アパホテルの日帰り風呂にて 朝風呂。 芯までひえた身体をここで回復。 とりあえず グットネイヴァーズホステルという 金沢駅に近いホステルを予約して 荷物を置かせてもらいました。 そこから歩いて 金沢市民の台所 近江町市場に行きました。 金沢名物グルメのひとつ 金沢カレーをまずは挑戦。 カレーの上に豚カツがのっている、、 はず、、 写真を見返してみても見当たらないです。 遠い過去の旅日記。
門出の季節。 三度と卒業旅行にいったなかで 最後の旅。 旅の連れは 数々の冒険を共にしてきた盟友 山田君でした。 岡山駅に集合してから 目的地を決めます。 え、そこで決めんの?(笑) というツッコミは無視して 案を出しあいます。 瀬戸内海に浮かぶ香川県の島々に 行こうかと 青春18切符を使えば 安くいけるかどうか、 乗り換え案内を見ていると 「それやったらもうちょっと遠いところ いけるんちゃう?」 と思い立つ私達。 以前より、石川県の金沢に 行ってみたかった私達は 時刻は
福岡空港から直通バスで別府へ。 時刻はもう夜。 岡山から車で運転をしてきたサッカーの サークルのメンバーと宿で合流しました。 もちろん、皆出来上がった状態。 すごろく?人生ゲーム? なんかをしながら呑んだのを 微かに覚えています。 ベロベロの夜を終えて、 別府では車で色々観光に 行きました。 まずは大分といえば! 鶏天! 鶏天発祥の地、「東洋軒」 中華風の円形の回るテーブルに 中華料理風の装いのレストラン。 え、鶏天って中華? なんでもよいけど もちろん食べたの
大理滞在二日目は自転車を 借りて、5kmほど離れた湖へ。 山と湖、そよ風を切る自転車。 なんともいい気分でした。 雲南省は様々な少数民族が混在する地域で 旧市街には、其々の民族衣装を 身に纏った売り子さんが商売をする お土産やさんが点在しています。 そこで少しだけ買い物を楽しみ 「大理古城」と呼ばれる旧市街を 後にしてバスで駅に向かいました。 電車で夜通し昆明に戻り そこから、朝出発の電車に乗り羅平へ。 羅平。 かつて、どこかの手帳にのっていた写真で 見て、行きたいと憧れ
明くる朝、 ルアンナムターから ヒッチハイクをして国境地帯へ。 次の国は3000年の歴史、大国、中国です。 国境の町、「磨憨」から 夜行バスに乗り、雲南省の省都 「昆明」へ。 南部バスターミナルに到着し、地下鉄、 というか高架の上を走っていたのですが。 で鉄道、昆明駅へ。 そこから街を歩いて散策。 ラオスとはうってかわって 大きな街でした。 そして本場! いや本場なのか? 炒飯を食べました。 炒飯、フライドライス、 アジアのどこへいこうとも こいつだけは間違いないです。 安定
夜行列車が出発すると共に 眠りについた私。 朝に到着して、歩いて国境を渡りました。 次の国は 東南アジアでフランスの占領下に あった国「ラオス」。 とりあえず 道端で親指を立ててみる(笑) 親切な人達のおかげで 辿り着いたのは「ヴァンヴィエン」。 川沿いにある小さな村。 宿を見つけて荷物を置き、 散歩をしていたら 何もない荒野を歩き、 洞窟を発見しました。 小さな少年が「ガイドするよ。」 と言ってきましたが、 「どうせ金払わんといかんのやろう。」 とケチの異名をもつ私は 断っ
ピピ島をあとにした 僕達はプーケットへ。 そこではいつものように ホステルでなく マンションの部屋を借りて 2部屋に分かれて泊まりました。 僕のチームではまず 宿回りを散歩してから帰宅。 その時見かけた 夜のマッサージに行くか行かまいか、 部屋で残金を確認しながら 会議を開いていました。 すると別の部屋のチームが通りかかり対話。 「どこ行くん?」 「マッサージ(笑)」 20代、大学生、考えることは 皆同じでした(笑) そして3店舗ぐらいに分かれて 各々好みのマッサージ
タオ島にて、宿にみんなでチェックインをし 2+2+2+2+1人に分かれてバイクを借りて ビーチを目指しました。 僕の相方は親方と呼ばれる大男。 二人でわいわいはしゃぎながら目的地 周辺に近づくと1人、傷だらけの青年が 立っていて、仲間達が 集まっていました。 いかん、いかん、不謹慎やぞ、 笑っちゃいかん。 1人で乗ることになった友人の1人が 転倒してケガ。 バイクも傷ついたので みんなで一旦宿に戻り、バイクを 返却して歩いてビーチに行くことに。 旅立って早々のトラブル。
お気に入りの小型の弦楽器、 ギタレレを担ぎ 降り立ったのは熱帯の国タイ。 これでこの地に来たのは三度目。 同じ大学の学科の同志達で卒業旅行として タイにいきました。 休学により、一年卒業が遅れている僕は 他の皆が卒業論文に勤しんでいるなか 一足先に前乗り(笑) 初日はカウチサーフィンでイケメンホストに お世話になり 次の日の朝、三度目のタイ来訪にして 初めてのタイマッサージ。 ゴリゴリにツボを圧してきて 笑いなのか悲鳴なのか とにかく必死にでてきそうな変な声を 抑える私。
地元の友と卒業旅行を計画。 とにかく僕たちが育った町、奈良から そう遠くないところという条件でした。 うーん。 関西圏 やっぱり、海行きたいな~ 和歌山?先っちょ? え、ここ本州最南端?? ご存じでしたでしょうか? 本州の最南端は和歌山県にあります。 なんか分からんけど 門出にぴったりやん。 そして友達の車と車を1台借りての 2台、6人の旅が始まったのでした。 まだ季節は春風吹かぬ冬の暮れ。 残雪を横目に峠を越えて 限りなく続く広大な太平洋へ。 海なし県の奈良
冬将軍がやってきて 身体の芯から暖まりたい!、と ラーメン屋のバイト仲間と共に バイト後に向かったのは 岡山県真庭市湯原温泉。 レンタカーで 雪が少しずつ降るなか ゆっくりゆっくりと岡山市から北上 していきました。 というのもオプションの チェーンもスタッドレスタイヤも ケチってつけていなかったから。 若気の至りというよりただの阿呆です。 湯原温泉。 かつて誰が決めたかも分からない 温泉番付で西の横綱に選ばれたこともある 温泉。 岡山市内から車で2時間ほど、 旭川の上流に
「東京に遊びに行くよ。」 ある夏、南米の地で僕を狂わせ 忘れ難い想い出をもたらしてくれた ブラジル人の女の子から連絡がありました。 当時またまた岡山の僕の下宿に プチ居候をしていたポーランド人の旅人、 プッシュと共に 考えます。 「遠いなぁ」 なんとなく岡山から東京への夜行バスを 調べてみると 3200円。 「え、そんなもんで東京までいけんの?」 気づけば購入ボタンを クリックしていました。 「プッシュ、俺行ってくるわ!」 と彼下宿に残し 夜の岡山駅西口から旅立ちました
元旦もフラフラ~と宿の近所歩いてたら 顔見知りのお兄さんやらお姉さん、 朝からスピーカーを使い、爆音で 音楽を流し、踊っていました。 そして元旦お祝いの食事に 誘っていただきました。 有難い。 フィリピン料理は油っこく なんというか「茶色っぽい料理」が 多いですが ガッツリと食べたい人にはもってこい。 お腹いっぱい食べさせて頂きました。 温かい国で暖かい正月を迎え 素敵な出逢いに恵まれた ボラカイ島を去り、 マニラに住む姉の元に戻ってきました。 世界一周をしていた時に