The Books of all Time⑴ 窮鼠はチーズの夢を見る

「窮鼠はチーズの夢を見る」水城せとな 
小学館2004年~2009年連載 
2020年番外編「ハミングバード・ラプソディー」描きおろし

今日は実家に帰る日で、いい加減買っておきたかった来年度用のロルバーンの手帳を買いに梅田ロフトに来ていた。スケジュール管理が苦手な私にとってロルバーンの手帳は究極のシンプル手帳でこれがないのは死活問題なのだ。
 ぶつぶつと六階の手帳売り場で吟味してやっとこさ手帳を手に入れた後、私は階を一つ上がってヴィレッジヴァンガードに入った。このお店、置いてある漫画本にハズレがないのだ。というか梅田ロフト店の選書が好きなのかな。前回私の中に満塁場外ホームランを放った漫画「となりに」(basso/茜新社/2019 )に引き続き何かないかとまっすぐ漫画コーナーに向かう。

「となりに」basso/茜新社/2019


 正直言えば今月は、まだ8日だというのに1万5000円近く本を買っていて、本と映画と食費だけはケチらないと決めている私でも選んだ本全部買ってしまうのはためらわれ、1時間近く本を漁ったのにも関わらず、レジの一歩手前まで行った後に3冊ほど棚に戻している。
 この本も、棚に戻しかけた。でも、貼られていたポップに目が行って、戻すのをやめた。

「(中略)これはBLではない。男と男の恋愛だ。」

正確でなかったらゴメンナサイ、担当者さん。
 新幹線の中で半分読み終えて、真っ先に思い出したのも、この一文だった。これは“BL”じゃあない。恐ろしい本に出会ったと思った。

 妻がいるのに、過去に何度か不倫をしている、流されてばかりの男。そう聞けば、恭一は本当に無責任で最低な、どうしようもない男に思われるだろう。けれどその実、この男はまじめな人間だ。断れず、流されるところは一切かばいきれないけれど、見ている限り「女から誘われた」っていう恭一の言葉はおそらく信じていいんだろう。
 自分の今ヶ瀬に対する執着をイコールで恋心と結び付けていいのか、悩み続けている。「愛するとはなにか」なんて書いてしまうと途端に安っぽくなってしまうのだけど、この漫画で全編通して描かれているのは「恋愛するとはなんなのか」っていうテーマなのは間違いない。(水城先生もあとがきでその旨を述べられている)
 自分の気持ちが今ヶ瀬のそれと釣り合うのか、同質のものなのか、ということはわからないし、釣り合わないしその上もしかすると彼の気持ちと自分の気持ちが異質のものであると考えている。そんな自分が、彼が自分を愛してくれるということをただただ享受していいのか。それを時に逃げつつ考えている。そんなところが大伴恭一はすごく、すごく誠実だと、私は思う。
 読了後、彼らの20年後を読んで安心したいと思う自分がいた。けれど、相手に誠実な彼らに私が安心できる未来があるとは到底思えない。恭平の執着はおそらく今ヶ瀬のそれとは釣り合わないし、今ヶ瀬が恭平からの“愛”を心から信じて受け取れる日は永遠に来ないのかもしれない。
 きっと最後には落ち着くよ、なんて希望的観測をしたり、ラブラブな二人を見たいがために二次創作を漁りたいなんて気も、起こらなかった。たぶん、彼らは不安定な日々を続けるのだろう。また離れて、藻掻いて、行きつく場所はそこしかないと突きつけられるという消去法的思考で恭平は今ヶ瀬のところに戻るのか、探すのか、あるいは今ヶ瀬を待つことを選ぶだろうし、今ヶ瀬は恭平なしに生きていけないと縋るのだろう。

 そんな、最近とんと感じたことのなかった「心地よい」とは決して言えないけど求めてしまう読了間に浸りながらこの文章を書いている。
 「SEXは過程や、その物語を構成するワンシーンであって、濡れ場を目的にBLを読んでいるんじゃない」
なんて何度も言ってきたけれど、本当に、そんな本に出合えるなんて思わなかった。しかもこの本の濡れ場はどれをとっても必要不可欠な濡れ場なのだ。この濡れ場なしに、この物語は成立しえない!というSEXしかない。

 いつもどこかで思っていた。BL、というジャンル、特に商業作品に対して何か違う、と。ただ、男性同士の恋愛を性的に消費しているだけのような。勿論、SEXだってBLにはなくてはならない要素かもしれない。
 だけど、今まであまり、商業BLで心から興奮したことがなかった。ああ、エロイなー、たまにはこんなのも読んでみたいよなーみたいな。椅子に座りなおす間も惜しくて、壁にもたれながら体育座りしてお尻がびりびりしびれながら漫画を読む経験。それを商業BLで経験したことがなかった。こんなこと言ったら「聖人君主ぶってる」なんていわれるかもしれないけど、テンションのバロメーターで言うなら時速60㌔ってとこなのかな。
 一般道の最高速度で、高速道路のような疾走感はないけど、まあ、速度規制のかかったうねった道ではないから、車もうまいこと走ってるなーみたいな。我ながら訳の分からないたとえである。
 緩い濡れ場だからこんなに興奮しないのかなーなんておもって、もうちょっときつめの本買ったこともあるけど、没頭できなかったな。特に速度変わらず。一般道のまま。
 この本はすごいね、ほんとに。高速道路どころじゃないよ。読みながら、没頭したよ。最高だよ。

 本当に恐ろしい本に出会った。
 本代をケチろうとした矢先にこんな本に出会ってしまうから、本の支出が一向に減らないんだよ。良いことだよ!すっごく!財布はさみしくなる一方だけどね!!!!

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