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糖尿病予備軍人に告ぐ

糖尿病は英語でdiabetes mellitus, 略してDMと呼びますが、mellitusとは蜂蜜のように甘いという意味だそうです。古代の人たちは尿が甘い人たちは早死にすることを知っていて、このような呼び方をしたのでしょう。ヒトの空腹時血糖は正常では高々110mg/dLですが、血糖値が180mg/dLを超えるレベルとなると、腎で濾過された血液から糖分が尿へ放出されるのです。そんな尿が甘かったは当然でしょう。

糖尿病の病態が医学的に解明されたのは明治時代以降で、膵から分泌されるインスリンというホルモンが分泌されなくなるためと分かりました。ヒトは飢餓状態から生き延びるために、幾多の血糖を上げるホルモンがありますが、神様は血糖を下げるホルモンは1種類しかお創りにならなかったのです。さすがの神様も、現代人の飽食グルメ生活はお見通しになられなかったのです。

糖尿病を発症する原因は主に2つあります。膵内でインスリンを分泌するランゲルハンス島が、ウイルス感染などで破壊されて高血糖となるのが1型糖尿病、加齢と共に膵からのインスリン分泌量が低下したり、膵が処理しきれない程の糖質が体内に摂取されて高血糖となるのが2型糖尿病です。生活習慣病の主体となる糖尿病は後者です。

民族的に日本人は欧米人と比べて糖尿病になり易いようです。日本国内の遺跡から発掘される食材を調べえてみると、古来木の実や草など草食民族であったことが分かります。半世紀前の日本人の朝食は、経団連の会長さんでさえメザシに味噌汁と米飯でした。病院へお見舞いに行くときには、貴重なバナナを持って行きました。そんな国民が食事環境を急激に西洋化させたため、生活習慣病(当時は成人病と呼んでいた)の糖尿病患者は増大傾向に転じたのです。特に血族内に糖尿病患者がいるエアマンは遺伝的に膵機能が弱く、要注意です。

なぜ高血糖がいけないかというと、糖尿病は全身の血管をボロボロにするからです。塩分でも糖分でも脂質でも、パイプ(血管)内を高濃度で流れると傷みが早まります。小、中、大血管の順で破綻しますから、まず小血管の損傷による症状で糖尿病は発症します。小血管のなかで最も深刻な合併症となるのが、腎、網膜、足の小血管です。腎ならば蛋白(アルブミン)尿が健診や人間ドックで指摘されるだけですが、、眼底出血や下肢の感覚障害はインキャパの恐れがあり、即操縦不適当になるでしょう。

糖尿病が進行すると、より太い血管にも障害が及び、脳血管の破綻なら脳卒中、冠動脈であれば心筋梗塞を引き起こします。これは死に直結する重大疾患であり、航空身体検査の話では済みません。実際に空港へアプローチしていた定期便機長が機内で死亡し、副操縦士が無事着陸させて事なきを得た事例もあります。

高血糖状態が日常的となると、HbA1cという検査マーカーが高値となります。Hemoglobinとは赤血球のヘム鉄に結合する蛋白で、成人(Adult)のヘモグロビン(HbA)の1cと呼ばれる部位に糖質がこびり付いていきます。赤血球の寿命は3-4か月ですから、血中には老若いろいろな赤血球が混在しています。HbA1c値が6%以上あったら、その人の血中は相当な高血糖状態であったと想像されます。

航空身体検査では以前HbA1cを測定して糖尿病疑いを確実にスクリーニングしていました。当時はHbA1cを外来で迅速検査することが難しかったこともあり、現在では尿糖・尿蛋白を検査テープで測定して調べるのが日米の航空身体検査で採用されています。

それを逆手にとって、かつて検査テープに水道水をかけて提出した糖尿陽性のエアマンがいました。検尿カップを受けたナースが検体の色を不審に思い、比重が1だったため見破られました。このエアマンは航空身体検査不適合となっただけでなく、操縦にかかる資格を全てはく奪されました。米国では嘘つきは人格に関わる問題で、仕事でついた嘘には重大な代償を払わされるのです。

ベテランのエアマンで、機体整備や気象状態にはめっぽう細かく、かつ厳しく評価する方が、自らの健康状態には無頓着なのを度々目にします。恐らく健康に対する指導教育を受けたことがなく、また自分の健康は簡単に損なわれないものと過信しているのでしょう。他人の命を預かるという仕事は、自分の命を軽んじるエアマンには所詮難しいと心得るべきでしょう。

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