飛んだ呑んだくれ
古来「酒は百薬の長」と称され、日本酒や焼酎のほか、生薬をエタノールに溶出させて、○○酒という薬が多数用いられてきました。他方、半世紀以上前まで日本人がワインを飲む習慣は殆どなく、葡萄酒と云ったら赤玉ポートワインくらいのものでした。
高度成長期以降、食の多様化、海外旅行での体験、女性の社会進出、働き方改革等など、色んな要素が相まって、青少年を含めて色んなアルコール類を飲酒する機会が増えました。そういう風潮の中で、「酒に飲まれてしまう」人たちが男女を問わず増えており、エアマンでも同様な状況です。
エアマンが左党になる背景には、本人の性格や気性、家族環境のほか、不規則で厳しい運航業務態勢が影響していると思います。吹雪や台風接近中に飛んで行かねばならない。夜遅くまで何レグも飛び続けねばならない。知らないメンバーで知らない土地へ飛んでいかねばならない。機長へ昇格するための重圧を受けながら飛ばねばならない。相当なストレス下にあることは間違いありません。酒に走る者が出るのも無理はない状況です。
日米どちらでも、第二次大戦後のエアマンの多くは豪傑でした。恐らく戦時中は命がけのフライトを続けて生き残った輩ですから、少々の事では動じない強靭な精神力が備わったのでしょう。それでも疲労やストレス解消手段に飲酒が常態化していたエアマンが多かったです。
「戦死するつもりでいたから、余った命で飛んでいるんだ」と語っておられたエアマンもいました。客や貨物を届けて、デッドヘッド(空便)では一杯あおってから飛んでいた方も知っています。スティして飛んで行く時は、未明まで吞みながら卓を囲んで麻雀していたクルーも普通にいました。きちんと飛べていれば、飲酒は構わないといった感覚でした。
一般的に飲酒習慣が宜しくないという訳ではありません。「酒に飲まれてはいけない」ということです。では酒に飲まれるというのは、医学的にどういう状態なのか?精神科の先生曰く、「飲酒可否の合理的判断が出来ない状態」と「飲酒したい欲望が抑制できない状態」が精神的に異常であり、アルコール依存症と判断されるとのこと。殆ど毎日飲酒しているエアマンでも、「明日は早朝から乗務だから、もう飲まないでおこう」とマインドコントロール出来る人は、大抵依存症ではないということです。
逆に「今晩は深酒しても、明日のフライトは大丈夫だろう」とか、「ギャレーに残っていたワインの小瓶なら、もったいないからラバトリーでこっそり飲んじゃおう」と思って実行してしまうエアマンは、普段休肝日を作っていてもアルコール依存症と判断されるでしょう。こんな思考と態度から、アルコールの影響を受けた状態で乗務していたら、酩酊状態でなくても航空業務に支障を来すことは明らかです。
米国では飲酒運転(Driving under the influence, DUI)や酒気帯び運転(Driving while intoxicatedまたはimpaired, DWI)で警察から摘発されると、社会保障番号(Social Security Number, SSN)で記録が残ります。米国では一部の州でマリファナが解禁されており、麻薬や鎮痛剤といった薬物によるDUIやDWIも記録されます。警察とFAAの間でDUIやDWIの記録がSSNで共有されており、FAAメディカルでエアマンは毎回その後の状況を自己申告しなければなりません。
DUIやDWIが度重なり記録されているエアマンは、FAAから航空身体検査証明の発給が中止され、搭乗禁止となります。精神科を標榜する航空身体検査医らの支援と監視のもと、HIMS(Human Intervention Motivational Study)と呼ばれる更生プログラムに参加して、再び空に羽ばたく日を目指します。
国際線に搭乗直前の日本人エアマンが、空港従業員に酩酊状態を警察に通報されて逮捕される事件があり、アルコール依存症の問題が日本の航空業界にも実在することが世間の耳目を集めました。日本には「恥の文化」があり、本人はもちろん企業にも実態を直視しない風潮がありました。事件を起こしたエアマンを切るだけでは、根本的な改善にはつながりません。アルコール依存症は病気であることを皆が認識し、本人、家族、同僚、企業が協働して援ける仕組みづくりが望まれます。
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