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航空機事故から学ぶ:突然の沈黙②

2005年8月14日、Helios Airways 522便(B737-300型機)はキプロスのLarnaka空港からギリシャのAthen空港へ乗員6名と乗客115名が搭乗して、ドイツ国籍の機長58歳と地元出身の副操縦士51歳の操縦で、午前9時前に出発した。
FL340へ上昇中のところ、Take-off Configuration Alarmが作動した。通常この警報は離陸前に作動するものであり、乗務員は表示を無視していた。その後Master Cautionが点灯し、Over-heatingが指摘された。機長はVentilator Cooling Circuitbreakerに異常が発生したと思い、地上の整備員へカンパニー無線で対処法を相談していた。すると客室内で酸素マスクが展開した。操縦室内で乗務員はマスクなしで、機長は"Can you see the circuit breakers?"と発声したが、その後はATCからの呼びかけにも一切応答することはなかった。同機はFL340から巡航してAthenへ向かって飛行を続けたが、Athen管制センターからの呼びかけにも応答しないため、ギリシャ空軍のF16戦闘機2機が同機へ接近。右席の乗員はぐったりして動かず、左席は空席で、その後若い男性が手を振って反応したが、無線連絡は取れなかった。
Athenの南東で同機は左旋回を始め、左・右とエンジンが停止してグラマティコの丘陵地へ墜落炎上した。121名全員が死亡した。
ギリシャ航空機事故調査委員会(AAISAB)の調査官らは機内に一人だけ動いている人物がいたため、当初はテロの可能性を想定した。しかし回収されたCVRを解析すると、か弱い声で"Mayday!"が5回発信されていた。同機はAthen管制空域まで飛行していたが、Larnakaの周波数のまま送信されていたため、地上で受信できなかった。
この機体は数日前に機内の急速減圧を起こしており、1か所のドアが完全に閉まっていなかったことが原因と判明していた。その後も与圧系のトラブルがあり、522便飛行前に地上の整備士が機内与圧を手動で変化させて、このトラブルが解消したかを検査していた。事故現場の残骸から見つかった与圧装置のスイッチが手動の位置にあったため、調査官らは誰もそこを触っていないことを確認して、事故機が手動のまま上昇を続けたため、機内酸素が減少して低酸素血症に陥り、遂には燃料切れで墜落したと判断した。
事故の4か月後、調査官らはOlympic航空の同型機を使用して、Reconstruction Flightを実施した。与圧スイッチをAutoではなくManualモードにすると、同じ状況が再現された。
機内で一人動いていたのは、元潜水兵の25歳の客室乗務員ほ判明した。彼は事業用操縦士の資格も有しており、いずれHelios航空の操縦士となることを夢見ていた。事故当日、彼は婚約していた客室乗務員と一緒に同便に乗務していた。
恐らく彼は残った酸素を吸いながら何とか操縦席に着いたが、B737の操縦方法が分からず、低酸素血症による思考低下もあって、PTTボタンを押しながら声を振り絞って"Mayday!"を発信し、手を振る以外になす術がなかったものと思われた。
事故後の検視によれば、乗員乗客は仮死状態となり、墜落の衝撃で全員死亡したと判明した。

Helios Airwaysは地中海の島国キプロスのLCCで、中古のB737型機を運航していましたから、マイナートラブルが日常的に発生していたそうです。機体ドアのロック不良で機内減圧が発生したら、通常なら一大事と思われるのに、その事を深刻に気に留めることもなく、Master Cautionの原因に考えなかったのは、どうも腑に落ちません。与圧系統のAUTOスイッチは離陸前に何回もチェックリストで確認される項目なのに、それが見逃されていたのは、機長が季節雇用のパイロットだったからというのでは理由になりません。
客室内に酸素マスクが展開したので、乗務員らもマスクを装着していれば、Circuit Breakerの問題ではなく与圧システムに異常があるのだと悟って、最悪の事態は回避できたかも知れません。
ナショナルジオグラフィックのドキュメンタリー番組「メーデー!」によれば、右席のマスクには副操縦士のDNAが付着していたそうですが、これは客室からmonkey swingingで酸素を吸いながら操縦室へ入ってきた元潜水兵の客室乗務員がマスグを口に当てがったからと解説されていました。でも副操縦士を仮死状態から意識を取り戻すことは叶いませんでした。
Larunaka管制センターの周波数のままで"Mayday!"の送信をしていたのは、不運でした。もしも緊急通信用の121.5MHzに周波数を変更できたら、どこを飛んでいたとしても、誰かから操縦のinstructionを受けられたでしょう。
「メーデー!」に出演していた元潜水兵の父親の話によると、事故後二人の亡骸は一緒に並んで埋葬されたそうです。

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