航空機事故から学ぶ：突然の沈黙①

1999年10月25日、4か月前に開催された米国Matersゴルフ選手権を制覇したPayne Stewardら4名のゴルフ関係者を乗せたSunjet Evaluation社のLearjet 35型機(N45BA)は、元米空軍パイロットの機長と若い副操縦士のペアで運航された。Stewart選手とDallas大学の新設するゴルフコースの設計打ち合わせを機内でしてもらいながら、フロリダ州Orland空港からテキサス州Dallas Lovefield空港への4時間45分のフライトで、9:19amに離陸した。
同機は9:27am頃にJackson管制センターよりFL230からFL390への上昇を承認されて、Atlanta管制センターへHand-offされることになっていた。Jackson管制より135.65MHzへの周波数変更を指示されたが、数回呼んでも返答がなく、承認されていたFL390から更に上昇していったため、異常事態が起こったと考えられた。更に経由地のフロリダ州Crosscityを通過後も針路をTX方面へ変針しなかったので、Jackson管制は米空軍へLearjetの追尾を要請した。同時にNTSBの調査官らへ遭難の一報が入れられた。NTSBは直ちにLearjet社の技師らに、このまま飛行を続けた際の到達位置、即ち墜落想定地点の特定を依頼した。
米空軍第40飛行隊の航空兵はF16戦闘機でLearjetを追尾し、真横から同機の外観を観察した。外部に異常はなく、操縦席の窓は白く曇って、内部は見えなかった。前方へ回り込んで後方乱気流を浴びせても、機体の動きに変化はなかった。
Learjet社の技師らは、このまま南北Dakota付近まで到達するであろうと予測した。しかし、そこまで飛ぶ場合テネシー州Nashvilleなど大都市上空を通過するため、もしも制御不能になった場合を想定して、オクラホマ州空軍のTULSA 13 Flight、ノースダコタ州空軍NODAK 32 FlightのF16戦闘機を2機ずつ配備して追尾させた。結局途中で制御不能となることはなく、サウスダコタ州Abadeen付近の沼沢地帯に燃料切れで墜落し、6名全員が死亡した。
機体は粉々に破壊されて、土中へめり込んでいた。事故機にはFDRは搭載されておらず、CVRが回収されて解析されたが、墜落前30分間は減圧警報音と飛行音のみが記録され、人の気配はなかった。
機体の残骸のうち、圧力調整バルブがopenになっていた。ジェット機が地上滑走中はエアコンがよく効かないため、離陸の直前まで圧力調整バルブを自動調整(auto)とせず、開いたままにすることがある。しかし操縦士が実際そのような手順を取ったかどうかは、CVR解析からは定かでなかった。推測による結論として、何らかの理由で機内が急速もしくは緩徐に減圧状態に陥り、それに対して操縦士が酸素マスクを装着して対処する前に意識を喪失した可能性が考えられた。
同型機にはQuick Reference Handbookが用意されていたが、内容が煩雑な上に酸素マスク装着が後回しとなっており、急速減圧など緊急事態へは対処できない点が指摘された。減圧警報音が作動した時は、直ちに酸素マスクを装着する事をマニュアルの最初の手順とすることが勧告された。

Payne Stewartは20世紀終わりに、PGAツアーで花形のプレーヤーでした。派手な原色のニッカボッカにベレー帽で、バーティーを決めると大きなガッツポーズでギャラリーの声援に応えます。そんな感じのプレースタイルですから、ツアー中の移動もビジネスジェットで飛び回っていたのです。
ジェット機のエアコンは、上空では冷気が幾らでもあるので冷やすのは簡単です。他方、地上では取り込む空気自体が暑いため、効きが弱いのです。タービンの回転数が低く、発電量が少ないと、キャビン内は途端に蒸し暑くなります。乗務員は、乗客が不快に感じるのを少しでも和らげようと、色んな手段を取るのですが、それが操作手順に致命的なミスとなったのではないか？というのが、今回NTSBが下した結論です。但し、CVRなどから明らかな操作手順ミスを特定した訳でもなく、機体の残骸から認められた物的証拠だけのため、推論の域を出ない結論と言えるでしょう。こういう事故ではCVRの記録が墜落前30分程しかないので、検証の仕様がありません。
機内が何らかの理由で減圧したら、直ちに酸素マスクを装着する大切さは、2005年8月にギリシャで発生したヘリオス航空522便墜落事故でも問題化しました。しかしマスクは操縦席の後方にあったり、ヘッドセットをしていると簡単に装着できない不便さがあります。マスクよりも口に咥えるホースが簡便なので、掃除機の電気コードを引き出すように、直ぐに使用できる酸素供給システムが開発されたらと思います。操縦に必要な緊急操作を加えて、落ち着いたらホースをマスク下方に接続出来れば、安全で便利です。