【掌編小説】田辺公園の休憩所にて
自宅にかえる途中、田辺公園でひとやすみすることにした。竹ノ脇池に設置された屋根付きの休憩所の椅子に腰をおろして、鞄からちいさな紙袋をとりだす。なかには土産にもらった三個のでこ栗が入っている。そのうちの一個を食べる。はじめて口にする味だが、なかなか美味だった。
そうしてくつろいでいると、どこからか視線を感じた。ふりかえるとむかいの椅子に髪のながい女の子がすわっていた。黒い衣服をきたすがたは、まるで人形のようだった。
いつの間にきたのだろうか。親と一緒ではないらしい。ぽつんとさびしげにすわる様子が印象的だ。女の子の瞳は、でこ栗の袋に注がれた。不思議と彼女の雰囲気に心をひかれた私は、一個とりだすと物欲しげな少女に「よかったらきみも食べるかい」とたずねてみた。
最初は遠慮しがちだった彼女も、手渡されたものからたちのぼる香ばしいにおい我慢できなくなったようだ。そうして、しばらく二人でしずかな時間をすごしていた。
赤あかとした夕日が公園を照らしはじめたころ、ふいに女の子が「もうかえる」といって、ゆっくりたちあがる。
でこ栗の礼をのべる女の子に最後の一個を土産にとわたす。すると満面の笑みをうかべて、何度も「ありがとう」とお礼をいった。
何となく照れくさくて女の子から目をそらす。そのとき、小さなカラスが視界を横ぎった。黒色の両翼をひろげ、休憩所の上空を飛んでいく。
「びっくりしたね」といって私は女の子に視線をもどした。
しかし、そこには誰もいなかった。
休憩所の中を涼風が吹きぬける。
通りがかりの男の子に声をかけて、女の子をみなかったかどうかたずねる。男の子はいぶかしげに首をかしげると「だれや、女の子って。さっきから、お兄ちゃん一人しかいなかったよ」とこたえて、そのまま公園からかけていった。わたしはあぜんとして少年をみおくった。思わずでこ栗の入っていた袋を強くにぎりしめる。袋はからだった。
※2012年脱稿。2016年加筆・修正。
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