小麦のちょっと思い出しただけ#1-2

その後、彼女から連絡はなく俺からも連絡をすることは無かった。
季節は冬。集合研修の会場に到着し受付の列に向かうと、手続きを終えた彼女を見かける。研修資料が入った封筒を大切そうに抱えて指定された席を見つけ着席しようとしていた。
身体のラインがわかる程タイトな白いニットにグレーのハイウエストのツイードスカートを身に纏っていた。思わず目を奪われる。
俺も、受付を済ませ自席で資料に目を通していると、弾むようなヒールの音が近づいてくる。

小麦くんじゃん。彼女の弾んだ声は尻尾を振る仔犬を思わせた。ヒールの音に聞き耳をたてているだなんて俺は彼女を待っていたのだろうか。
もやもやを抱えながら一日に及ぶ研修は終了したが、昼休み一緒に過ごすこともないし、合間の休憩で話すこともなかった。

帰り道、日比谷公園を抜けてJR有楽町駅を目指す。ジャケットの内ポケットにいれたスマホが小さく震える。彼女名前が表示されていた。
そのまま居酒屋で食事をした。理由もなく入ったどこにでもあるチェーンの居酒屋。ラブホテルを選ぶほうがもう少し慎重だなと邪な考えが浮かぶ。
会話は仕事の話、趣味の話。それから、狙っていたかのように恋の話、そのままセックスの話をした。
彼女が言うには、色々経験をしないままここまで来てしまったことに一抹の不安を感じていた。
経験がしたいならすればよいし、それで軽蔑をする人など居ないよと答えた。またやってしまった。軽蔑とはどういう事だ。そんな後悔の念を抱いていたが会話は進む。
小麦くんは上手そうだよね。ドキッとした。心臓が掴まれる。正しくそんな感覚だった。

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