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百人一首と私

 私が高校生だったころ、学校にはまだ「必修クラブ」があった。私は三年間「百人一首クラブ」に所属し、週一回歌がるたに取り組んできた。勝つためには、和歌を覚えなければならない。かるたがうまくなるためだけに、一生懸命覚えて、歌の意味や詠み人について深く学ぶことはなかった。
 高校を卒業して北海道の大学に入り、理学部化学科に進んで、縁があって札幌市立高校の化学の教員となり、5校で教鞭をとってきた。一緒に百人一首を楽しんでくれるような人は周りにおらず、興味はずっと絶やさずに来たつもりではあるが、実際に歌がるたをすることはほとんどなかった。第一北海道で百人一首と言えば、木板に独特な文字で下の句を書いた取り札を下の句だけを読み上げて取り合う「下の句がるた」が主流で、上の句から読んで下の句を取りあう「歌がるた」はあまり行われていなかった。
 45年近くの歳月が過ぎた2023年、古本屋で瀬戸内寂聴訳の「源氏物語」を見かけたのをきっかけに、その全10巻を読み進めて、年内に読み終えることができた。折しも、2024年のNHK大河ドラマは、紫式部の生涯を描く「光る君へ」である。源氏物語とともに、百人一首への興味が再燃し、歌がるたを買い求めた。生徒たちとできないだろうかと考えていた。
 2023年度最後の授業は、後半20分強を百人一首の話にあてた。百人一首は、天智天皇から順徳上皇まで、飛鳥時代から鎌倉時代初期までの600年近くの期間に活躍した100人の歌人の歌を一首ずつ集めたものである。授業のなかでは「光る君へ」の時代の歌について話をした。その時期は圧倒的に多数の女流歌人が選ばれている。
 最初はもちろん紫式部の「めぐり逢ひて見しやそれともわかぬ間に雲隠れにし夜半の月かな」である。言葉通りに訳せば、「曇り空の中でやっと見えたと思ったら、本当に月かどうかもわからないうちに雲の中に隠れてしまった」とでもなるのだろうか。調べてみると、この歌の「夜半の月」は紫式部の幼馴染のことで、「久しぶりに会うことができたのに、十分に言葉を交わす暇もないまま別れなければならない」という寂しさを詠んだ歌だと言われている。しかし私は生徒たちに「この月を恋人のことと考えてみたらどうだろうね。『久しぶりにお目にかかれたのに、あなたかどうかもはっきりとわからないうちに部屋の中に隠れてしまわれるのですね。道長様!』という解釈も可能じゃないかな。」と「井上訳」を披露した。これはあくまで「光る君へ」を見て受けた印象からできた訳であって、実際に紫式部と藤原道長の間には恋愛関係はなかったらしいが。
 次に生徒たちに「紫式部と言えば、もう一人は?」と聞けば、生徒たちは「清少納言」と答える。百人一首に選ばれている「夜をこめて鳥の空音ははかるとも世に逢坂の関はゆるさじ」を紹介し、「清少納言の家の門口で男が『おい、開けてくれよ』と夜通しささやいている。でも開けてなんかあげるものですか。ふん!」と、「井上訳」を炸裂させた。そして「いいか、この『ふん!』をつけることで、清少納言を表現できると思わないか?」と、これも「光る君へ」から受けた印象から、考えたことを語った。私はこうやって古典文学を楽しんでいる。君たちも何か楽しんで勉強できることを見つけてほしい。というのが年度最後の生徒へのメッセージであった。
 4月になり、生徒たちは2年生に進級し、私も無事(?)2年生の担任となった。今年は2年生の化学をすべて担当することになった。最初の学年集会で私は「百人一首が好きです。かるたを買ったので私と勝負して勝ったら何か上げます」と言ってしまった。最初に「百人一首やりましょうよ」と声をかけてきたのは私が顧問をしているメディア局の生徒であった。
 先日の放課後メディア局の活動場所であるメディアコーナーで、メディア局を中心とした何人かの生徒と百人一首かるたをする機会をつくった。今は百人一首をランダムに詠みあげる動画がyoutubeにたくさん投稿されている。youtubeに読み手を任せて、机の上に100枚の取り札をちりばめて、誰が何枚取れるかを競う「お散らし」で、生徒と競った。「今日はガチで行くから」と言って、私が37枚とって圧勝した。(大人げないことではあるが)
 私のように全部に近いだけとはいかないまでも、何首かは覚えているという生徒が何人もいた。生徒には「高校生のころに覚えたことは忘れないものだ」と言いながら、かるたを取っていた。「君たちも高校生の間にしっかりと勉強してほしい」というメッセージを込めて。
 その数日後、同じ学年の国語の先生から、「授業中に、『百人一首の歌の中で好きなのをいくつか覚えてみろ。井上先生のところに行って上の句を言ったら先生が下の句全部答えてくれるから』と言ったから。生徒が挑戦しに来るからよろしく」と言われた。私は「受けて立つ」と答えて、もう一度百人一首の本を読み返した。今は100%は無理なので、勉強し直して生徒の挑戦を受ける備えをしている。さて、本当に来る生徒は何人いるのだろうか?わくわくしながら週末を過ごしている。この続きはまたnoteに書いていきたいと思う。
 生徒へのメッセージは「高校生に真剣になって覚えたことは忘れない。だから今真剣になって覚えることを何か見つけてみろ!」ということである。

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