産後ウツの一番の原因は孤独と罪悪感。産後1ヵ月を振り返って
今日でちょうど生後1ヵ月。
無事に娘を育てられて本当に嬉しいです。
まだまだ子育ては続きますが…産後2週間はほんとにヤバイ精神状態でした
・なんだか訳もなく涙が流れる
(むすめの寝顔を見て、とか授乳中とか、今後の生活を思って、とか)
・実家の両親(とくに父)とのやり取りがうまくいかない
・私の人生もう子育てしかできない、と思って泣いたり絶望したり
振り返ってみると、
これが産後欝だったのかも…と思えるような精神状態でした。
それが1ヵ月が過ぎようとするいま、驚くほど気持ちが軽くなったので
原因と結果を振り返ってみようと思います。
産後2週間までの生活の何が私を追い詰めたのか
1)実家の親を頼れなかった
せっかく実家に帰っているのに、「関東に戻ったときのために」と寝かしつけや赤ちゃんへの授乳、おむつ替えを全部ひとりでやろうとしていた。
2)生活をすべて赤ちゃんファーストで運用していた
赤ちゃんが寝たら、自分も一緒に暗室に篭る薄暗い生活をしていた。
これで気持ちも沈みがちに。リビングで赤ちゃんが昼寝をしようものなら、実家の両親にテレビを消してカーテンを閉めさせて静かに生活してほしいと思っていた。(当然、親たちは嫌がる)
特に、夜の18時の寝かしつけから翌朝8時頃まで薄暗い暗室へいくときには気持ちが沈みました。
3)娘をちゃんと育てなければ!と思いすぎていた
ミルクの量やゲップのさせかた、オムツを変えた時間などすべて記録!振り返りをしていた。毎日のサイクルがどうしたら安定するかをすごく思い詰めて考えていた。(新生児なのに)
また、赤ちゃんの気持ちに感情移入しすぎて、自分の身体や気持ちよりも赤ちゃんに駆け寄っていた。(自分の食事も途中で放り出していた。)
泣かせ続けることができずに、ずっと抱っこ&添い寝。
こんな感じで産後2週間はかなり追い詰められていました。
一番の産後うつの原因は、罪悪感と孤独感。
一番わたしを苦しめていたのは、罪悪感と孤独感でした。
実家に、食事・風呂・寝床・洗濯など赤ちゃんの世話以外のことをかなりお世話になっているのに、実家の両親に不満がありました。
「どうしてもっと静かに生活してくれないのか」
「赤ちゃんがいる間くらいは、赤ちゃんのことを優先してくれてもいいのに」
「とにかく孤独・・・!なんでこんなに孤独なんだろう」
こんな気持ちでした。
と同時に、実家でとても有難い状況なのに、こうした不満を抱いている自分にも罪悪感を抱いていました。
「なんでこんなにしてもらっているのに不満を感じてしまうのだろう」
と思っていたのです。
父に「もっと静かに生活して」「煙草を吸わないで」と言うたびに、「甘えすぎだ」と言い返されたりして、精神的にもう限界だ!と思っていました。
しかし、産後3週間目に自分が不満を抱いている理由、構造がハッキリわかったのです。
そこから、罪悪感もなくなり、両親とのコミュニケーションも自分の納得のいくように取れるようになって、徐々に心は回復しました。
行為の決定者と、責任を取る人間がズレている捻じれ構造
ちょっと文章で表現するのが難しいのですが、どういう構造だったかというと
行為の決定や選択権を持つ人と、その行為の責任を取る人がズレていることが、私の不満の根本にあったのです。
というのも、実家においてはもともとの住人である両親が「何をするか」「どう過ごすか」の決定および選択権があります。
しかし、新生児を育てている私は、両親が「何をするか」「どう過ごすか」(→赤ちゃんがいても夜中に大きな音を立てて歩き回ったり、タバコを吸ったり、20時過ぎに掃除機をかけたり、夜中の祖母の叫び声など、実家のルーチン諸々)の決定の結果、赤ちゃんが寝ない、ぐずる、といった結果のツケを払うのは「私と赤ちゃん」なのです。
その捻じれに納得がいっていなかたんですよね。
この、行為の決定や選択権を持つ人と、その行為の責任を取る人がズレている状態というのは、その行為の決定が無責任なもの、実効性のないものになりがちです。
(会社組織に不満をもつのも、政治に不満を持つのも、「誰がその影響を被ると思ってるんだ」という怒りも同種のものだと思っています。)
あぁ、私はそういう状態だったんだ、これが不満だったんだな、と分かると、「不満をもつのは当然だ」と、自分の悪感情を認められたところから私は冷静になれました。
どうして産後、一刻も早く実家を出たい、夫と2人で子育てしたい!と思い詰めたのかというと、夫の場合はこの「行為の決定と責任を取る人」が必ず一致するからなのでした。
両親の「子どもはこうして育てたらいいんだよ」「このくらい大丈夫だよ」という、自分の生活をベースにしたアドバイス。または昔の子育て経験談。これに対して、私も「このアドバイスにしたがった結果は誰が引き受けるのか」を考えたうえで、受け入れたり、こういう状態ならOKと逆提案できるようになりました。
例えば、沐浴後は薄暗く静かな部屋で寝かしつけをしていたのに、母のルーチンで赤ちゃんを起こしてしまった場合は、その寝ていた時間で私がやろうとしていた事を行うために、
・母に抱いておいてもらう
・寝かしつけをしてもらう
等のサポートをしてもらうようになりました。
関東に戻ったときのワンオペの練習を、実家でもしていたのですが、それは関東に戻ってからやればいいし、赤ちゃんの状況も月齢が変われば変わるから、もういいや!実家では休もう…!と思えたのでした。
トイレや洗顔などで、
ちょっと10分赤ちゃんを見ていて欲しいとき、
ミーティングがあって30分ほど見て欲しいとき、
どうしても寝付かないので抱っこを交代してほしいとき、
色んなタイミングで母にヘルプを出すことができるようになって、随分ラクになりました。
父に関しては、まだ人生で一度もオムツ替えや泣いている赤ちゃんをあやしたことがない戦後世代なので、頼めることが少ないのですが
・夕食のリクエスト(父が夕飯担当)
・義両親との食事会の店選び
・重たい荷物を運んでもらう
等の、父なりにできる仕事をお願いして活躍してもらっています。
また、赤ちゃんがいまどういう状況なのか、寝ているのか起きているのか、機嫌がよいのか悪いのかを「おとうさん、いま赤ちゃんはこんな状況だよ」と教えてあげるようにすると、少しずつ行動が変わってきました。
(タバコの煙を家に充満させないとか、静かに歩くとか)
うまく表現できずに、ダラダラと書いてしまいましたが、原因がわかって対処ができたという話でした。