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槇原敬之『もう恋なんてしない』の謎を解く

槇原敬之のヒット曲『もう恋なんてしない』をご存じでしょうか。


もし君に一つだけ 強がりを言えるのなら
もう恋なんてしないなんて 言わないよ絶対
槇原敬之『もう恋なんてしない』、1992年


一読してはっきりと意味が取れる方がどれだけ居るだろうか。先ほど、友人から「これってどういう意味?」とLINEが来たので、この歌詞の意味を考察してみました。

「強がり」とは何を指すか


まず、「強がりを言えるのならば」の「強がり」がどこにかかっているかが問題となる。ここでいう「強がる」とは何をすることであるか。考えられるのは以下の二通りである。
① 「強がりを言える」のならば、「(「もう恋なんてしないと」)言わない」
② 「強がりを言える」のならば「もう恋なんてしない」
 つまり、「言わない」ことが強がりであるか、「もう恋なんてしない」ことが強がりであるかが問題の核心である。


「もう恋なんてしない」ことが「強がり」であるか


「言わない」ことが強がりであるか、「もう恋なんてしない」ことが強がりであるかが問題となっているが、果たして「もう恋なんてしない」という台詞が、強がりであると言えるだろうか。別れた恋人に対する強がりとしては、「もう恋なんてしない」よりも「また恋をする」等の方が適当であると思われる。「もう恋なんてしない」という台詞には、あなたの代わりはいない、あなたを失ってしまっては二度と恋をすることなどできないだろうという意味が含まれており、振られてもなお相手に縋りつこうとするこのような感情の吐露を強がりとみなすのは無理があると思われる。
 仮に、「もう恋なんてしない」を強がりの台詞とみなすとしたら、この箇所は強がりを言おうとして、「やっぱり絶対言わない!」と打ち消している形になる。その場合、強がりを打ち消す動機が必要になってくる。また、打ち消した結果、「単純に何も言わなかった」のか、もう恋なんてしないと逆の言葉、「また恋をする」等の台詞を言ったのか、という問題が出てくる。そもそも、強がる気持ちを打ち消した、つまり強がらなかった結果が、「何も言わなかった」あるいは「また恋をすると言った」であるとは考えにくい。ラストのサビで「本当に本当に君が大好きだった」と述べていることからも、強がらないのならば、別れたくないという情けない感情を吐露することになると考える方が自然ではないだろうか。


「言わない」ことが「強がり」である


よって、「もう恋なんてしない」が強がりの内容ではないことになる。となると消去法で、上述の1の方、強がりとは「絶対に言わない」ことであることがわかる。「もう恋なんてしない」は主体の現在の心情であるが、それを相手に伝えない(=言わない)ことがここでいう「強がり」の内容である。
「強がりを言える」「言わないよ絶対」と、「言う」が二通りの意味で用いられていることが原因で論旨がわかりにくくなっている。この場合、「強がりを言えるのなら」の「言う」は「歌詞にできる」なら、あるいは「(この歌の中で)言えるのなら」くらいの意味であると思われる。一方で、「言わないよ絶対」の「言う」とは、あなたを目の前にして直接言葉にして伝えることを指す。
つまり、別れ話を切り出された際に、内心からこみ上げてくる「もう恋なんてしない」という情けない思いを、きみに「言わない」ことが「強がり」であり、「強がることができたなら言わなかったのに」という仮定法の形をとっていることから、事実としては別れる際に「もう恋なんてしない」と喚き散らしてしまったのではないかと推察される。


一番サビとラストサビの整合性(結論)


 この歌がややこしくなっているもう一つの要因に、「もう恋なんてしないなんて言わないよ絶対」という歌詞が、一番サビとラストサビで二回出てくる点がある。一番サビは、前述の通り、「強がることができたなら言わなかったのに」という後悔の念が述べられているとみるのが自然であるが、ラストサビでは、「本当に本当に君が大好きだったから/もう恋なんてしないなんて言わないよ絶対」に変更されている。一番サビでは、「強がりたいから言わない」であったのが、ラストサビでは「君が大好きだったから言わない」になっている。ずっと自分の未練がましい気持ちの話をしていたのにラストサビで突然「君のために」言わないかのような口ぶりに変貌している。一見するとこれは妙であるが、この歌には大まかに分けて三つの時系列が混在しているのが混乱の元となっている。
① きみと別れ話をした時点
② この歌を書いている時点
③ ラストサビ(未来への決意)
 一番サビは、②の時点から①の時点を振り返って現在形で書かれたものであり、2番サビ以降で、君のことが「心配だけど/2人で出せなかった答えは今度出会える/君の知らない誰かと見つけてみせるから」と新しい恋に前向きな姿勢への移り変わりが示される。それを受けてのラストサビであり、君のことが大好きであり、現在も大好きであるが、大好きな君に負担をかけたくない、君に心配せずに安心して欲しいから、今後は「もう恋なんてしないと言わない」=「また恋をする」という決意を高らかに歌い上げているのである。今もきみのことが大好きであるにも関わらず、歌詞の上では「君が大好きだったから」と無理やり過去形にしていることからも、主体の決意のほどが伺える。最後まで未練たらたらではあるが、君のことが大好きだからこそ、いつまでも君をひきずって君に迷惑をかけないために新しい恋を探します、という切ない決意を謳った失恋ソングなのである。

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