未来の生、永遠の死
「先生、私たちは生まれ変わったの。この新しい世界で、面白可笑しく生きていきましょうよ」
紅い唇に艶めいた笑みを浮かべ、女は龍之介に体を寄せた。
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1927年7月24日、芥川龍之介は死んだ。そして、2531年5月19日、彼は目覚めた。
白い壁に囲まれた部屋はとても眩しく、龍之介は天国に来たのかと思った。ある意味、それは真実だった。
食料生産技術の飛躍的な進歩と、世界の隅々にまで張り巡らされた物流網が、誰もが働かなくても食べられる社会、言わばユートピアを作り上げていたのだ。
自殺した当時、自分一人の稼ぎで大勢の家族を養っていた龍之介から見れば、まさしく夢のように素晴らしい世界だった。
しかし働く必要のなくなった社会で、人々の意欲や活力は低下の一途をたどった。少子化が進み、人口の激減を招いていた。
一方、応用物理学の進歩も著しく、タイムマシンの発明は、その最も輝かしい業績の一つだった。
やがてタイムマシンは、ある有効な少子化対策に役立てられるようになる。それは、過去に若くして死んだ人々を、この時代に連れて来るという対策だった。
そうして龍之介も、この時代で第二の生を生きることとなったのである。
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「なぜだ……」
女の遺体の前で、呆然とする龍之介に、医師は事務的に説明した。
「過去から来た者が、ある一定回以上自殺を試みると、もうこの時代に必要ない人物と見なされ、蘇生措置をしない決まりなのです」
「つまり……人口増加に寄与しない者は、用無しだと?」
「まぁ、そうですね」
医師の口調は淡々としていた。彼だけではない。26世紀の人間の大多数が、このような喋り方をする。
龍之介はふいに、自分の心にも、この時代の人々を侵す倦怠と虚無感が染み入っていることを、強く意識した。
龍之介も、始めの数十年は、新しい人生を存分に楽しんだのだ。200歳近くまで寿命の伸びたこの世界で、36歳だった彼は、まだまだ若者だった。
過去の彼を知っていると言う女とは、同じ時代・同じ国から来た人々が集まるクラブで知り合った。彼女と親密な関係になるのに、さほど時間はかからなかった。
「楽しく生きましょうよ」が口癖だった彼女が、それを言わなくなってから、どのぐらいの時が経ったのか……。龍之介には、もうわからない。
わかっていることはただ一つ。いずれ自分も自殺を繰り返し……そして、永遠に死ぬのだ。
- fin -