猫ちがい
「近頃の若い者(もん)は」とか口にすると、それだけで年寄り扱いされるから、言いたくはないんだけどね。
でもヒドイと思うよ、小学4年生の女の子が「このボケばばぁ」だなんて。
ここはペットOKのマンション。
隣のあの子、瀬川真美はひと月ほど前、猫を飼いたいと言い出した。
お母さんは猫嫌いのため、随分しぶっていたようだけど、我がまま放題に育てた娘には勝てなかったらしい。
やって来た子猫にプルートという名前をつけ、真美はとても可愛がっていた。
えっ? いえね、だってお隣だろう? ベランダの窓が開いていると、いろいろ聞こえてくるんだよ。
あの子の声は甲高いし、機嫌が悪い時なんか、大声でどなったりしてるからね。
あたしゃ、このとおり、娘夫婦と同居して楽隠居の身、ほとんど家にいるもんだから。
子猫の声もよく聞こえてたよ。
それが一週間前から、全く聞こえなくなった。
おかしいと思って、表で真美のお母さんを見かけた時、聞いてみたんだ。
「それが……いなくなっちゃったんですよ。真美も知らないって言うんです。ベランダから落ちたとしか考えられないけど、ここ8階でしょう? それならきっと死んでしまってると思うと怖くて、探すのもちょっと……」
何て事だろう。猫は身が軽いから、植木なんかにひっかかって、助かってるかも知れないのに。
実はあたしも猫好きなもんで、生きてるにしろ、死んでるにしろ、可哀想に思ってね。マンションの敷地を、そっと名前を呼びながら一回りしてみたんだよ。
そしたら、鳴きながら寄ってくる子猫がいるじゃないか。
胸元に少しだけ白い毛が混じった黒猫で、神秘的な緑の目をしている。
とても人馴れした様子だし、こりゃ間違いないと思って、真美のところへ連れて行ったんだ。
一人で留守番をしていたらしい真美は、あたしの手に抱かれている子猫を見て、何と言うか……そう、まるで幽霊でも見たかのように真っ青になった。
「違うわよ、プルートじゃない! そんな猫、あっちへやってよ! このボケばばぁ!」
だけど子猫はあたしの手から飛び出して、真美の胸へジャンプした。
あんなにプルートを可愛がっていたんだから、猫は好きだろうに、何を怖がっているんだか。
真美は悲鳴を上げて尻餅をつき、驚いたことに泣き出した。
やれやれ……。人ちがい、いや猫ちがいなら仕方がない。
あたしは真美に謝って、子猫を連れて家に帰ろうとした。
離れたがらない子猫を引きはがそうとした時、真美が震えながら、小さな声で言った。
「違う、違う……だってプルートは私が殺しちゃったんだもの! だって言う事を聞かないから! 腹が立って首を閉めたら動かなくなって……学校の裏山に埋めたの!」
- fin -