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小説 金と氷~金価格が800円台だったころ~「春」
1999年の春、私は大阪城公園駅の近くにあるホテルにいた。入社式に参加するためだった。受付時間より早く着いてしまったため、廊下にあった座席に腰掛けてしばし緊張を解いていた。私の前をヴィトンのボストンバッグを片手で担いだパンツスーツ姿の女性が通り過ぎていった。
「雪野係長!」
スカートスーツ姿の女性二人が彼女に群がった。明るくカラーリングした髪をたっぷりと巻いた女性二人に対し、雪野係長はシックなブラウンに染め上げたボブヘアだった。まるで見た目の違う1対2を私は眺めていた。ジャンル違いではあるが、2は1に対して何か憧れがあることだけはわかった。
それが、私と雪野係長との出会いだった。
入社式を終え、大型バスに乗り、私を含めた新入社員は和歌山の研修施設へと向かった。ホテルの近くには桜が咲き誇り、今起きていることすべてが夢のように思われた。夢であればいいのに。そう思うのは50社以上受けた中から、1社しか受からなかった現実から目を背けたかったからである。
そもそも大学受験に失敗し、Fラン大学に進学したところで出版社に勤めたいという夢は頓挫していたのだが、現実を知らない私は就職活動時に分厚いリクルート誌にくっついていたエントリーシートをそこへ送り、案の定、どこからも返事すらもらえなかった。
途中で、方向転換をし、どこでもいいから受かれ!と様々な業界にエントリーシートを送りまくり、数社から返事をもらい、2次選考までは進んだ。
しかし、私に採用通知書を送ってくれたのは先物取引の会社一つだけだった。この時点で私は先物取引の会社が何をするところなのかわかっていなかった。この時点と言うか、この和歌山行きのバスの中でもわかっていなかった。いや、和歌山での研修を終えてもわかっていなかった。
この仕事に興味が無かった。私はずいぶんと呑気だった。
和歌山で研修を終えると、大阪での研修が始まった。この研修で同期と仲良くなった。嫌な子もいたが、付き合わなければいいだけだった。
最初は仲良かったのに、突然冷たくなった子もいた。
ただそれは数人で他の子とは仲が良かった。大学時代に初めて人間関係で挫折し、後半を割と孤独に過ごした私は、その存在が有難かった。
研修を終え、登録外務員の試験をパスした後、私は梅田支店に配属された。
そこで最初に任された仕事は純金積み立ての新規客獲得だった。
私が飛び込み営業を任されたのは福島区だった。
一緒に梅田支店に配属された男の子二人は別の区だった。
二人のうち一人、川口は1浪1留していたので2歳年上、もう一人である桐川は1浪していたので1歳年上だった。桐川の卒業大学は、私が落ちたところだった。他にも同期の中には私が落ちたり金銭的な理由であきらめたりした大学出身の子が何人かいた。彼、彼女らのような関関同立と呼ばれる大学の出身者は、就職氷河期の一番の被害者のように思える。難関とまではいかないが、そこそこ大変な受験に勝ち抜いたのに、私のようなFラン大学出身の者と同じ会社に入り給料をもらっていたのだから。
飛び込み営業は厳しいものがあった。桜の季節は終わって日差しは強くなり、汗で身も心も絞られていった。他の支店の同期が契約を勝ち取ったと耳に入る。研修中に成績の悪かった子が早めに契約を取っていた。桐川はあせっていた。研修中、成績がトップだった彼にとってこの現実はつらいようだった。
私は1件だけ契約を取り付けた。それは生命保険会社の営業の女性からだった。純金積み立てに入るから、こちらとも契約してほしいというものだった。その女性も営業成績に苦戦していたのだろうと思う。世間知らずの私はその話に乗った。私自身、生命保険に入っていなかったのでちょうどいいと思ったのだ。こうして、新入社員が初めに行う純金積み立ての営業期間は終わった。
その後、私と同期は他の支店へと行くことになる。なぜなら、梅田支店が閉鎖されることになったからだ。氷河期の気温はさらに下がり、私たちを凍えさせた。同期二人は難波支店へ行き、私は本町支店へと行くことになった。そこで私は雪野係長と再会することになるのである。
※主人公を男性にするか女性にするか決められないまま、書き始めました。好きに読んでください。続編はまたそのうち。