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妄想日記㉘もしも私がおじさまだったら。

「『「年々に、わが悲しみは深くして、いよよ華やぐいのちなりけり』、か」
岡本かの子の言葉を口にしてみる。
実感としてあるようなないような、やっぱりあるような。
ただ朝を迎えるだけの毎日に、それなりのヒビが入り歪んで、生まれる痛みに耐えながら薄ら笑いを浮かべる。
過去を顧みたとて何がどうなるわけでもなく、ただできることをするのみ。
ひとり時間を持て余していると、そんなふうに特に価値もない自分を掘り下げてしまう。ほかの人にとってはどうでもいいことなのに。

そんなふうに独りよがりになっていると、駅長さんから連絡があった。
「聡一郎さん、久美子さんがお連れ様と一緒に帰ってこられています。迎えに来てください」
ついにこの日が来たのか!
それにしてもお連れ様って。
「叔母は一人ではないのですね」
「ええ。小さな女の子を連れています。ちょっと言いにくいのですが」
駅長は小声になった。
「随分と汚れている女の子で」
「わかりました。今から行きます」
俺は電話を切ると出かける支度をした。

久しぶりに会った叔母は相変わらず貴婦人というようないでたちで、姿勢はよく、皴はあるもののシミは少なく、お気に入りのシャネルの口紅を引いていた。
「聡一郎。久しぶりね」
「ああ、元気そうだね」
俺は叔母のボストンバッグを持った。
傍から異臭が鼻を掠める。

髪を洗っていない頭の匂い。
化粧に使う粉のような匂い。
その両方が入り混じっている。
叔母の横に立っている小柄な女性を見る。
髪を日本髪に結っているが随分と乱れている。
着物は本来の色が何なのかわからないが、ほうじ茶で煮しめたような色合いだった。
「おりんさんよ」
そう叔母に紹介されると、ぺこりと頭を下げた。
随分と疲れ切った顔をしている。
体は小さいが顔つきが大人そのもので年の頃がわからない。
「港で出会ったの。からゆきさんとして外国へ売られそうになっていたんだけど、連れて帰ってきちゃった」
「からゆきさん、か」
かつて外国に売られた日本女性たちがいた事は何かの本で読んだことがあった。
「何か商売をされていたお店の旦那さんのところでお妾さんをしていたらしいんだけど、その商売がダメになって色んなものを売ることになったんですって。それでおりんさんも売られることになったんだけど、おりんさん、三味線も踊りも何も出来ないから国内では高く売れないみたいで」
「それで外国に?」
「そう。おりんさんも自分の立場はよくわかっているみたいなのよ。でも、外国に行くのはどうしてもいやだからって。ほら、聡一郎、あなたの友達で日本舞踊とか楽器とかいろいろできる人いたでしょう」
俺はおでこに手を当てた。
「ああ、頼子のことね」
「あの人にどうにかしてもらえないかしら。一通りの教養さえ身に着ければ、おりんさんも覚悟がつくみたいなのよ」
細面の顔が俺を見上げている。
切れ長の一重瞼は剃刀のように鋭利で、艶やかだ。
日の当たらない場所で生きてきたからか、全体的に生白くて日本画にあるお化けのようだった。
「わかりました。どうにかします。さ、行きましょう」
おりんに語りかけると、初めて笑みを見せてくれたが、子供の姿に不似合いな媚態であったため、俺はぞっとした。

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