小説「恋愛ヘッドハンター」⑨
「早っ!緊張するなあ」
「お待たせしました」
背後からの声に、諒の肩は震えた。振り返ると、そこには先ほどの女性店員がいた。
「え、さっきの」
「そうです」
「早織さん、中島様の隣に座って」
れいかが優雅に諒の隣へと手をむけた。
「失礼します」
早織はゆっくりと着席した。
「この方、八神早織さん」
「やがみ、さおり、さん?」
「私のこと、覚えていませんか?」
諒は早織の顔をまじまじと見つめた。卵型の輪郭に大きな目。お嬢様っぽい雰囲気は嫌いではないが、記憶にない。諒は首を傾げた。
「昔、スイミングスクールで同じクラスだったんです。私、進級するのが遅くて年下の中島くんに助けてもらったんだけど…」
恥ずかしそうに時々目をそらして早織は説明した。
「そうだったんだ…。ごめんなさい、覚えてないや」
諒が詫びると早織は首を振った。
「いいの。今でも時々泳ぎに来てるよね?あのスイミングスクールに」
「はい。それは」
「私も行っているの。それで最近、中島君を見かけて」
早織は不安そうに右手を胸の真ん中に置いた。自然と乳房が強調される。
「よく僕ってわかりましたね」
諒は、スイミングスクールへ行った時に胸の大きいスタイル抜群の女の子がいたことを思い出した。今、目の前にいるのはたぶんその子であると確信した。
その後、二人は子どもの頃に水泳を教えてくれた担当講師などの話をテンポよく続けた。れいかはその様子を見て頷いた。
「お二人とも、話が弾んで嬉しい」
「あ」
二人は声を重ねて微笑み合った。
「私はそろそろ退散しますね」
伝票を持つとれいかは立ち上がった。
「ごゆっくり。早織さん、また連絡しますね」
「あ、ありがとうございました」
声をかけたのは諒だった。久しぶりに人と話していて心から楽しいと感じていた。れいかの言うようによくわからないけど愛されてみようと思い始めていた。