妄想日記⑨もしも私がおじさまだったら。

「お別れカレーだ」
俺は鉄製の皿にスプーンを添えて出した。
由梨は香りを嗅ぎ、じっと目下のカレーを見つめた。
「悪くないね。もっと豪華だと思ったけど」
首を振りつつ、由梨の前の席に着く。
「そこまで深い付き合いじゃない」
「一晩過ごしたじゃない」
「手は出してないし」
由梨は軽くうなずき、手を合わせた。
「いただきます」
「召し上がれ」
俺が作った何て事の無いカレーを食べ始める。
「どうだ」
「おいしいよ、普通に」
「普通を狙ったんだよ」
「嘘つけ」
サッポロビールの缶を開け、飲みながら由梨の様子を眺めた。
「明日は何時に帰るの?」
「夜の最終で」
このマンションの近くにある廃線した駅舎が時間旅行出立兼到着の場である。あそこから叔母もいつも旅立っている。
「見送りに行こうか」
「気が向いたらどうぞ」
「じゃあ、気が向いたら行くよ」
「冷たいな」
「どっちだよ。じゃあ、行くよ」
「出る前に声かける」
「頼むわ」
由梨は俺の手からビールの缶を取り、一口飲んだ。
「この間酒入りのコーヒーを渡しちゃったけど、そういえばまだ10代だったよな」
急に焦り始めた俺を見て由梨は鼻で笑った。
「何言ってんの。2024年だったら私はとうに40過ぎてるよ。生きていたらね」
これから始まる旅の中で、由梨は自分の生死を決める。
衝動的に死を選んだことで、慎重に生きる羽目になっているようだった。

今朝になって、昨夜の由梨の遠い目がやたら過る。
夜までは顔を合わさず、静かに過ごしたいと思う。

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