恋愛ヘッドハンター2 砂時計⑧
靴を脱いで上がると右手にフロント、左手にベロアのソファが置かれたこじんまりとした待合室があった。その間を磨きぬかれた廊下がはしっている。壁には北国出身の有名画家が手掛けた絵が飾られていた。
「奥へ行くと大浴場があります」
賢太郎の靴を揃え、後ろからついてきたひかりがすっと横からすり抜けた。
男湯の暖簾をすくい上げて賢太郎を誘導する。脱衣所は狭かったが温泉は内風呂二つ、露天が一つあった。たっぷりと量があり、賢太郎は湯気に心をほぐされた。
「天然温泉なんだ」
「そう、それがここの売りの一つ」
女湯は脱衣所が広かった。最新のドライヤーも置かれている。風呂の配置はまったく同じだった。ひかりの後を続いて二階へと上がる。
「ここからは客室ね」
客室を一つ一つ見ていく。どの部屋も清潔にはしているが、古さは否めなかった。掛け軸の傍には茶香炉、電話のそばには砂時計が置かれていた。賢太郎は何げなく砂時計に手を伸ばし、ひっくり返した。
「きれいでしょ、それ」
「ああ」
砂の落ちるさまを見ながら、賢太郎は答えた。ガラスがくびれを挟んで丸く膨らんでいる。色合いはあめ色で見るとあたたかな気持ちになったが、それを削ぐように砂は無情にするすると落ち続けていた。
「ネットで買ったの。私が」
「そう」
「各部屋にね、置いているの。夫に、お客様には時間を忘れてここで過ごしてほしいのにって言われたけど。でも、ゆっくり砂時計を見る時間も素敵だと私は思うんだけどね」
ひかりの話を聞きながら、賢太郎は部屋のあらゆるところを確認していた。窓の外は変わらず雪が降っていた。見下ろすと庭に椿の花びらが散っていた。
「三階へ行きましょうか。露天風呂付き客室が一つだけあるの」
賢太郎はひかりの後ろをついて行った。階段を昇っていると、ひかりのお尻が目の前に来る。昔よりも大きくなったなと感じるが、もちろん口に出しては言わなかった。それよりもさっきから階段を昇るたびに少しだけ視界が揺らぐのが気になっていた。また、この間のように倒れてしまったらどうしよう。そんな不安が賢太郎の心をよぎった。
「ここよ」
その部屋だけ畳が新しかった。広さもあり、窓際に小さなテーブルと椅子、奥には低いベッドもあった。
「和洋室なんだ」
「そう。こっちに露天風呂があるわよ」
窓際の横にドアがあった。そこを開けると、冷たい風とあたたかい湯気が一緒になって二人の頬を撫でてきた。あまり広くはなかったが、充分だと賢太郎は思った。
「いい宿だね」
「でしょ?あれ、どうしたの?」
寒暖の差に体がびっくりしたのか、賢太郎はまた眩暈を起こした。