良い酒造りも米づくりも人の輪から|私と麒麟山:奥阿賀酒米研究会 伊藤郡一さん編 後編
たまと申します。
この夏(2023年9月)、阿賀町にある公営塾「黎明学舎」にインターンとしてお邪魔しまして、事務局長の西田さんの誘いで「米づくり大学」の取材に同行させていただき、酒米研究会の会長を務める伊藤群一さんにお話を伺いました。今回は後編です。
酒米づくりの難しさ
――この地域の稲作は、どうやったら継いでいけそうでしょうか。
個人ではなく、集落単位で農業を行う「集落営農」へ切り替えていくことは有効だと思います。例えば、大規模に農業を営む高齢者も多いので、意欲のある若者に徐々に田んぼを任せていく、経営移譲していくといったことが考えられます。
――新規参入される農家さんにとって、酒米づくりは難しいのでしょうか?
特に「越淡麗」は収穫時期が遅いので難しいですね。台風の被害も心配ですし、コシヒカリと違って籾が擦れただけで発芽してしまい、等級が下がってしまう。なかなかつくりにくいです。
――「越淡麗」を育てている農家さんは、ある意味高い技術をお持ちということですよね。農家さんが長年蓄積してきたノウハウを受け継ぐのは簡単ではなさそうですが、正解がない中で技術を追求して認められるのは、新規参入の方にとっても代えがたい喜びだと思います。では、米づくりが上手な方は、他の方と何が違うのでしょうか。
三階原(地名)で一番作っている人は、「稲が教えてくれる」って言ってます。「稲が今、何を欲しているか、稲の姿を見て分かるようにならないとダメだ」と。ひとりで17町歩(ha)つくっています。
――「稲が教えてくれる」って、めちゃくちゃカッコいいですね!
よい酒造りも米づくりも、人の輪から
――今後の酒米研究会の活動について教えてください。
今年も猛暑でなかなかできなかったのだけど、コロナも収まってきたし、現地視察を増やしていきたいですね。「来週、自分の田んぼに現地視察が来る」と聞けば、一生懸命自分の田んぼを点検してキレイにしますよね。視察を会員の励みにしていけたらいいと思います。やはり、いい酒作るには品質の均質化が必要です。それを研究会で実現していきたいですね。
――技術面の向上についてはいかがですか?
成分分析してもらっているのですが、肥料をやりすぎると収穫量は増えるんですけど、その分窒素分が上がってしまうので、窒素分7%以下が基準になっています。
分析表を見ると、他の人に負けないように頑張ろうという気になります。麒麟山酒造の酒蔵に「よい酒造りは人の輪から」と書かれている通り、仲間同士が切磋琢磨できる研究会にしていきたいです。
――毎年毎年、ゴールがないんですね。
よく勉強している人は、雪解けの時から肌で感じていますよね。「今年は雪解けが遅いから最初は肥料を抑えて、途中から追肥を何度かやればよく獲れるだろうな」というように。
――切磋琢磨するライバルでありながら、一緒に麒麟山酒造のために酒米をつくる仲間でもある酒米研究会の皆さん。お話を聞いているだけでも素敵なチームだと感じます。
こうでなければダメだという考えを捨て、裾野を広げる
――酒米研究会の今後について教えてください。
これから高齢化で田んぼをやめていく人が増えていくと思うんですよね。米の値段が下がっていく、経費は上がっていく……個人で頑張るには限界があります。これまでは、若い移住者や農業従事者を呼ぶことを役場に任せてきました。これからは、私たち酒米研究会も若い人に田んぼを見に来てもらったり懇親会にも参加してもらったりして、酒米づくりの裾野を広げていきたいです。
――地域の農業を継いでいくために、どんなことができそうですか?
まず、「こうでなければダメだ」という固定観念を捨てないといけないと思います。一年中農業に携わるのではなく、作業ごとに手伝ってもらうとか、季節ごとに来てもらうとか。田んぼに来た時「これは自分も植えた米だ、育てた米だ」と、田んぼとのかかわりを実感できるような演出をしていく必要もあると思います。
郡一さんQ&A
Q 普段はお酒は飲まれるのでしょうか?
A 普段は飲みません。消防署が長かったので癖になっていて、飲むと出れなくなるので晩酌はしないんですけど、その分、会議とか終わった後の懇親会ではバカ飲みします(笑)。
Q 伝辛(麒麟山酒造代表銘柄 伝統辛口)と一緒に食べたいものは?
A 煮物とか、昔風のものが好きですね。
Q 阿賀町のおススメの景色は?
A 一度、御神楽岳に登ってみてください。室谷から2時間3時間で登れるので。高さで1386m。新潟の越後平野まで全部見えます。
【編集後記】
農家さんといえばご自身のやり方を追求する職人のようなイメージでしたが、時代の変化に適応して柔軟にやり方を変更し、酒米づくりを次の世代に引き継いでいこうとする郡一さんの姿勢からは、良い意味でのギャップが感じられました。
常に出動に備えるべき消防士時代の習慣で、晩酌は一切しないという郡一さん。時々の飲み会での楽しみである伝辛のため、詳細なデータに基づき、品質の高い酒米を追求する姿勢が印象的でした。米には作り手の人柄が表れると仰っていましたが、郡一さんの米にも人にも実直に向き合うお人柄を反映したお米からできていると思うと、麒麟山がより味わい深く感じられそうです。(たま)