南天と巻きタバコ
私はときどきタバコを吸う
葉っぱと紙とフィルターを別々に買い
自分で巻いて一服する。
いわゆる巻きタバコである。
市販品は燃料や添加物を含み
導火線のように勝手に燃え尽きる。
だがこの手のタバコは途中で消える。
ただの葉っぱということ。
オーガニックとか無添加とか
あまり信用してないが記載アリ。
気分が悪くならないものを選ぶ。
その日は宿にいた。
予想以上に長い滞在。
仕事に煮詰まったときのたまの一服。
気分転換になるが本数は増えた。
その日は一服していたところを
呼び出しを喰らった。
雨が降りはじめている。
まだ半分以上残っていたため
どこか濡れない目立たない場所を探す。
目の位置よりやや下に設置された
軒下のポストを見つけた。
タバコは細巻きだし
たいして目立たないだろう。
火種を踏み消し
壁とポスト上の間に置いて
呼ばれた方へ向かった。
しばらく外出しその日の夕方
宿へ帰った。
玄関先。
ふと目をやると
鮮やかな南天の実の
たわわについた切り枝が
さりげなく置いてあり
春先の情緒に和らぐ。
と思いきや
それはポストの上ではないか。
ハッとして切り枝の裏側を見ると
私の吸いかけの巻きタバコは
なんら変わらない場所に
まだあった。
なんとも恥ずかしくなった。
しかしだ。
それはつまり、美しかった。
奥ゆかしい周囲への気遣い。
苦情の粋な伝えかた。
合気道で投げ飛ばされるかのような心地よさ。
あれは投げられているのではない。
自ら飛んでいくのだ。
タバコを置いた不躾な男はその瞬間
深甚なる藝を味わっていた。
切り枝の裏からタバコをつまみ
ライターで火をつけた。
雨の湿気で丁度いい
甘い煙だった。
そのあとで主人に
それとなく謝った。
主人はなにやら
ニヤニヤしていた。
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