湊かなえ「サファイア」|読書のすすめ
新年あけましておめでとうございます。
2025年も、このnoteにて私の趣味や考え方について、発信していきたいなと思っているので、どうぞよろしくお願いいたします。
さて、今回は私が好きな小説について書いていこうと思います。
読書は、子どもの頃からの私の趣味の一つではありますが、大学生になってからはミステリー小説を好むようになりました。
事件の謎が解き明かされるのが面白いだけではなく、その出来事に関わっている登場人物たちの、繊細な心理描写に魅力を感じたからです。
特に私は、湊かなえさんの「告白」を初めて読んだ時、とても衝撃的だったのが印象に残っています。
湊かなえさんは、世間では「イヤミスの女王」と呼ばれる小説家で、読後の後味が悪いことで有名です。人間の心の闇や、醜い部分を美化せずに描いているのが、すごく真実味があって一気に惹かれました。
ドラマや映画化もなされ、数々の代表作を生み出している湊かなえさんの作品には、私がぜひ個人的に紹介したいものが複数あります。
今回はその第一弾として、「サファイア」という作品について、解説させていただきたいと思います。
「サファイア」 どんな小説📖
まず、小説の概要についてご説明しますね。
これは「告白」や「Nのために」のような長編作品ではなく、それぞれ独立した話が一冊に収録された短編集です。
各話のタイトルには宝石の名前があてがわれており、それぞれの物語の中で登場し、重要な役割を果たしています。
その宝石に関わる登場人物たちのどこか不思議で切ない出会いと別れ、それらを取り巻く複雑な感情の模様が、赤裸々に描かれた作品です。
美しい宝石に秘められた謎と、そこに込められた人々の想いを紐解いていくのが、醍醐味となっています。
「イヤミス」のようにハッピーエンドでは終わらない話もあれば、切なさがありながらも希望を見せてくれる話もあり、驚きや予想外の連続で、最後まで飽きずに楽しめる一冊になっています。
この本には、「真珠」「ルビー」「ダイヤモンド」「猫目石」「ムーンストーン」「サファイア」「ガーネット」の7作品が収録されていますが、今回は、私が最も心に残った表題作「サファイア」、そしてそれに続く「ガーネット」について紹介します。
「サファイア」-あらすじ-
幼い頃から他人にものをねだったことがない「わたし」が、大学生のときにある一人の男性と出会って心を開き、「二十歳の誕生日には指輪が欲しい」と生まれて初めてのおねだりをする… というお話です。
指輪をおねだりするまでの二人の馴れ初めは、どこか不器用で初心なものがあり、心ときめく幸せな純愛として描かれています。
ところが、皮肉にもこの人生初のおねだりがきっかけで、思いもよらぬ悲劇を招き、一生拭うことのできない後悔と罪悪感を呼ぶことになるのです。
※ここからは、あらすじの紹介となります。
物語の結末まで書いているので、まだ読んでいなくて知りたくない方は、
見ないようにお願いします。
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今まで人に何かをしてもらう、ものをねだることがなかった「わたし」は、大学一年生の夏の終わりに趣味の一人旅に出かけ、一つ年上の中瀬修一という男子学生と出会います。
不思議と気が合った二人は、その後も会うことになります。自分の性格を理解し、常にさりげないけれど思いやりのある心遣いをしてくれる彼に対し、「わたし」は次第に心を開いていきます。
自分以外の誰かに心を許し、甘えることを知らなかった「わたし」ですが、一生身に付けられるものを彼にプレゼントしてほしいという想いが芽生え、二十歳の誕生日には指輪が欲しいと、人生で初めてのおねだりをします。
「やっと自分から欲しいものを言ってくれた」と喜びを見せた修一ですが、彼は「わたし」にとって心を開いた最初で最後の人となるのです。
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二十歳の誕生日の前日、いつもの場所で待ち合わせをしていましたが、いくら待ち続けても、彼がその日現れることはありませんでした。
家に帰って眠りに着くと、夢の中で彼が指輪を持って現れます。
「毎日嵌めておくように」と言いながら、9月の誕生石であるサファイアがあしらわれた指輪を「わたし」の右手の薬指に嵌めてくれるのです。
目が覚めた翌朝、「わたし」のもとに一本の電話が掛かってきます。
電話の人物は修一の姉からで、その内容は彼が昨日の夕方、電車の事故に遭って亡くなった、というものでした。
彼のカバンの中に入っていたメッセージカードから、恋人である「わたし」-紺野真美の存在を知り、連絡をしたのでした。
(ここで、初めて「わたし」の名前が明かされます。)
お姉さんから渡された、メッセージカードが添えられた小さな箱には、夢に出てきたものと同じサファイアの指輪が入っていました。
彼を失った悲しみを抱えながらも、約束通りに指輪を嵌めていれば夢の世界で彼と会える、指輪が自分と彼を繋いでくれるのだと、信じて生きていこうと真美は思うのでした。
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修一の死から一カ月後、アパートの隣人であるタナカが真美の部屋を訪ねてきます。タナカは、真美の手元の指輪を見ながら「それを買うためだったんだな」とつぶやきながら、ある短期アルバイトの話をし始めるのです。
タナカは趣味の登山に必要な費用を稼ぐために、この夏とある短期アルバイトに参加したのですが、知人を紹介してお金を得るために声を掛けた一人が修一だったのです。
そのバイト内容は、女性を対象に契約を取って指輪を販売する、というものだったのですが、それは悪質商法、詐欺行為だったことが後に判明します。
そしてその事実は、タナカもその時点では知らなかったことでした。
タナカは、偶然客の一人と出くわして事情を聴き、初めてその事実を知ることになります。
その客の女性は怒っていたものの、社会勉強をしたことにすると言って大事にはせず、その場は収まったのですが、タナカはある可能性について考えていました。
それは、自分と同じように契約を取っていた修一が、被害に遭った他の女性客から恨みを買って殺されたのではないかということ。
電車のホームで修一の姿を見つけ、そっと後ろに回って背中を押して故意に転落させたのかもしれない、とタナカはずっと考えていたのでした。
そして、真美のもとに直接伝えに来たのには理由がありました。
愛想が良くなかった修一は、勧誘のバイトだと説明を聞いて一度は帰ろうとしたのですが、それをタナカが引き止めたのです。
真美に何かプレゼントしてやればいい、と言って。
タナカは、彼女の名前を出して修一を悪質商法のバイトに誘ってしまったことに罪悪感を感じて、謝罪をしに来たのでした。
真美はタナカを許すことはできませんでしたが、「教えたくれたことには感謝してる」と伝えるのでした。
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その後、真美は修一が殺された可能性があるかもしれないと考え、彼の死の真相を明らかにしようと、お姉さんに話をします。
しかし、お姉さんは首は横に振って、こう言ったのです。
そう思う方が楽なのかもしれないけれど、結論がどんなものであれ、残るのは修一が悪質商法まがいのおかしなアルバイトをしたという事実だけ。
「あの子の人生を貶めるようなことをしないで」と…。
真美は、ただ頷くことしかできませんでした。
全部その通りだと思ったからです。
ただ、修一の死を誰かのせいにして、自分のせいだという罪悪感から逃げ出したかっただけなのだと。
自分が指輪をねだらなけらば、こんなことにはならなかった。
輝いていた彼の人生に汚点を残すことはなかったのにと、強く後悔します。
自分のせいで、キラキラと輝いて見えたものがすべて消えてしまった。
たった一度のおねだりは、これほどに罪深いものだったのかと感じた真美は心に誓うのです。
もう二度と「欲しい」なんて口にしないと。
それから、数年の月日が流れるのでした。
「サファイア」-感想-
表題作となっている「サファイア」。
タイトルと裏表紙の紹介文だけでは、どんな内容なのか想像がついていませんでしたが、読んでみると残酷で切ない物語でした。
誰も悪い人はいないのに、悔やんでも悔やみきれない。
指輪をおねだりした真美、彼女のプレゼントのためアルバイトをした修一、悪質商法とは知らずに誘ったタナカ。
彼らの行動のどれか一つがなかったら、このような展開にはならなかったかもしれないけれど、そこに悪意なんかありませんでした。
心を開いた証として人生で初めてのおねだりをしたことが、皮肉にも大切な人を失うことになってしまい、誰も予想できない展開で切ないです。
真美と修一の二人が出会って、心を通わせるようになるまでの物語はとても透明感があって、キラキラしていて、何回読んでも魅力的です。
この二人の間のエピソードには個人的に好きなものがいくつかあります。
真美が修一を家に呼んで、手作りのハンバーグを振る舞った時、彼は美味しそうに食べ、満足そうな顔で「ごちそうさまでした」と言います。「材料代を払う」と言われるより、そう言ってもらえるほうが何倍も嬉しいことに、真美はその時ようやく気付いたのでした。
修一に初めて口紅をプレゼントされた時、それまで見た目に気を使っていなかった真美ですが「楽しみ」という彼の期待に応えたいと、口紅の色に合わせて化粧をし、髪型も変え、服装もおしゃれにしてみたのです。
デートの待ち合わせでは、修一は別人のようになった彼女の姿に驚いて、「めっちゃ、かわいい」「なんかもう、感動的だ」と言葉を口にします。
プレゼントの指輪のお金を稼ぐため、修一がアルバイトをしていたことを知った時、真美は「そんな高い指輪じゃなくても、彼に嵌めてもらえるなら、たとえ缶のプルトップでも嬉しかったのに」と感じました。
これらの話を見ていると、二人の間の深い信頼、愛情、絆を感じます。
真美にとって、修一がどれほど特別の存在だったのかが分かります。
自分にもこんな出会いがあったらいいのになと、少し思ってしまいます。
他人に心を開くことがなかった真美が、修一と運命的に出会い、これからの人生が輝くものに変わっていくと思われたのに、残酷です。
二人のやり取りを読み返していると、やっぱり幸せになってほしかったなと心から思います。
修一が生きていたら、真美はどんな人生になっていたのだろうと。
いつも自分を幸せな気持ちにしてくれて、輝く世界を見せてくれた最愛の人だからこそ、一生残る自分だけの宝物、彼からの愛情の印として、指輪が欲しいと思った。
しかしそれと引き換えに、彼女はずっと消えることのない罪悪感、愛する人を失った深い喪失感を背負いながら、今後の人生を生きることになります。
果たしてこの先、彼女はどのように生きていくのか、希望の光を見ることができるのか、その後の話は「ガーネット」へと続き、驚くべき結末へと繋がっていくのです。
「ガーネット」の内容については、次の記事でじっくり紹介する予定です。ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
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サファイアの石言葉には「慈愛」「誠実」「真実」などがあり、深い青色は揺るぎない心の象徴とされ、一途な想いを貫くという意味が込められているそうです💍